パッケージから知る食品加工の世界

パッケージから知る食品加工の世界

西村 公雄

生活科学部 食物栄養科学科 特任教授

#4 グローバル視点で考える食の安全【西村 公雄】

「輸入食材は安すぎて心配だから国産を」「遺伝子組み換えは不安がある」という食材選びをしている場合、その理由を問われたら? 食の安全や、これからの食料不足への課題についてお聞きし、国際的な視野で考えます。

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Transcript

川添 前回に引き続き、「パッケージから知る食品加工の世界」をテーマにお話をお伺いするのは、生活科学部 食物栄養科学科 特任教授で、食品加工学がご専門の西村公雄先生です。本日もここ京都にあります同志社女子大学のキャンパス内からお送りしていきます。それでは西村先生、よろしくお願いいたします。

西村 はい。よろしくお願いします。

川添 これまでは食品添加物の話ですとか、あと天然、養殖といった点から食品を見てきましたけれども、最終回は遺伝子組換えを例にして食品の安全についてお聞きしていきたいと思います。

そういえばなんですけれど、第1回のときに、食品表示のお話を事例を見ながら伺った際に、原材料名のところで“遺伝子組換えじゃないということを、わざわざ明記していた”ということがあり、このあたりのお話も含めてお聞きできたらなと思っているんですが。

西村 はい。遺伝子組換えというのは外から別の遺伝子を組み入れてきた、挿入してきた、そういう作物のことを、遺伝子組換え作物というふうにいいます。ですから、そういうものを加工食品の原料として使ってますよという場合は「遺伝子組換えと書きなさいね」と(決められています)。例えば(原材料の)大豆の後に遺伝子組換えと書きなさい。あるいは使っているかもしれないという場合は、「遺伝子組換え不分別」。ちゃんと分けられていない、使ってるかもしれないと言う意味ですね、こういう表示が義務付けられています。

皆さんがよく目にする遺伝子組換えでないというのは、遺伝子組換えの作物を原料として使っていないということなんですけれども、これは任意で、本当は書かなくていいんです。でも、皆さん、なぜか知らないんですが一生懸命(遺伝子組換えでないと)付けられています。

川添 フフフ(笑)

西村 我々からしますと、(表記することに)どんな意味があるのかな、という気はするんですけれども。外から遺伝子を入れているということで、非常に皆さんは恐怖を感じられてるかもしれません。けれどもね、この遺伝子組換えによってある作物が、絶滅から救われたことがあるんですけれども、ご存知ですか。

川添 絶滅から救われた。うーん……遺伝子組換えでよく聞くのは、大豆だったりトウモロコシだったりですけれど……ちょっと思い浮かばないですね。

西村 これはね、パパイヤなんですよ。

川添 パパイヤ、へぇ(驚き)

西村 アメリカのハワイ、オアフ島。真珠湾があるあの島で、昔はパパイヤがとってもよくできました。残念ながら1950年代、(パパイヤが)ウイルスによる深刻な被害にあいまして、このオアフ島のパパイヤ栽培は壊滅しました。それで(栽培の)軸足はハワイ島に移ったんです。でもこのハワイ島だって、いつこのウイルスが入ってくるかわからないでしょう。だから1950年代からこのウイルス抵抗性のパパイヤを一生懸命、従来の品種改良で作ろうとしてたんですよ。でも、なかなかできませんでね。(ウイルスが)入ってきたらもうどうしようかと、パパイヤの農産業者はみんな恐れてたんです。幸いなことに1980年代の後半からこの遺伝子組換えという技術が出てきまして、1992年にウイルス抵抗性のパパイヤができたんですよ。

川添 へえ(驚き)

西村 でも92年にこれができたとはいうものの、安全性を担保しないといけないので、この92年から安全性の試験に入ることになりました。時を同じくして、ちょうどこの92年に、恐れていた、ハワイ島でもこのウイルスがはびこっているのが見つかってきまして、そしてどんどん、どんどんと、そこに育っているパパイヤがやられましてね。やられたパパイヤというのは、木を切り倒して燃やさないといけないんですよ。そうしますと92年には約4000万トン収穫があったんですけれども、6年後の98年には半分の約2000万トンにまで落ち込みました。これだけ減ったということは、農場も減った。ということは、リストラされた人もたくさんいる。そういうことになります。このままもう、(パパイヤは)絶滅するのかと思われたんですけれども、満を持して98年5月に、この遺伝子組換えウイルス抵抗性のパパイヤの商業栽培が認められたんです。それでアメリカはどうしたかというと、この種子をパパイヤ生産農家に無料で配布しました。

そうするともう、このパパイヤの効果は絶大でありまして、どんどんとパパイヤが採れるようになりました。それとまた良かったことに、このパパイヤの味がとっても良かったんですね。消費者が「これまでで最高のパパイヤ」だと。これが「レインボー」という品種で、今、日本にも入ってきています。

川添 そうなんですか。

西村 今は(コロナウイルスによる)パンデミックですから、ハワイには行かない……でも、もうそろそろ行ってる人もいらっしゃいますね。

川添 そうですね、ハワイだったら行けるんでしょうね。

西村 じゃあ、向こうでパパイヤ食べてますよ。

川添 (笑)

西村 遺伝子組換えが怖いと言いながら、向こうでたらふくレインボーを食べてきて。で、(健康の変化は)何かありましたか? ということですよね。日本では(遺伝子組換えに関して)表示をしているんですけれど、アメリカでは原則こういう表示はしていなかったんです。

川添 そうなんですか。

西村 というのは、アメリカの考え方は、表示は生産物の品質などを示すものであって、品質改良に用いられた技術に関する表示を義務づけるという、そういうことはしていなかったんです。だからアメリカはこの遺伝子組換え技術は、あくまでも品種改良の一つの技術として考えていますので、表示義務はなかったんです。でも2016年から、これを表示するようになりました。それはどうしてかといいますと、危険だからとか、そういうものではなくて、BSEって覚えてらっしゃいます? 狂牛病。

川添 はい。

西村 牛に(BSEにかかった牛を原料にした飼料の)肉骨粉を食べさせると牛の脳がスポンジ状になって、それが人間にも伝播する、感染するということで大パニックになりました。そのときどういうふうにしたかというと、今食べてる肉が、どの牧場の例えば1号とか2号とかタロウ号とか、どこの牛の肉かというのを、さかのぼれるようにしました。そうしたら、その牛が肉骨粉を食べていなければ、その肉は安全だとわかり、食べられますよね。これをトレーサビリティというんですけれども、(食肉の源を)追跡できるようにしたんです。ですから、その追跡する一環として(牛肉だけでなく)、「こういう技術でこのパパイヤを育てました」というのを表示するようになったと聞いています。

川添 日本では遺伝子組換えって、本当に先生がおっしゃったように、恐れられているという感じですけれど、パパイヤのエピソードをお聞きして、いわゆる品種改良の一つという理解なのであれば、そんなに過度に恐れることでも正直ないのかなと、今お聞きしながら思っていたんですけれど。

西村 遺伝子組換えで大豆とか言われてましたけど、組換え大豆からみそ、しょうゆを作るでしょ。それはもう遺伝子組換えの表示義務はないんですよ。

川添 そうなんですか。

西村 もし遺伝子組換えの大豆から、みそやしょうゆを作ってもね、もうバラバラに遺伝子がなっているから、検出できない。それから大豆から搾った油、オイル。これも遺伝子はないから、そんな表示はできない。今、世界の大豆の約74%は組換え大豆です。ですから、これだけ食糧が枯渇してきているときに、本当に非組換え大豆ばかり日本が輸入できるのかということも、考えていただけたらなと思いますね。

川添 あと食品表示でわざわざ「遺伝子組換えでない」っていう表示、実はしなくてもいいものを、あえてしているっていうのは、これはどういう意味合いがあるんですか。遺伝子組換えに対して、日本の消費者の理解がまだ及んでないところも、ちょっと影響しているんですか。

西村 遺伝子組換えというのは90年代にとっても進化した技術なんですけれど、もともとBtタンパク質という、細菌が出すタンパク質がありましてね(※)。そのタンパク質を、有機農法の農薬としてすでに使ってたんですよ。
※Btタンパク質…殺虫効果を持つタンパク質

そのBtタンパク質が出るような植物を作り、虫がその葉っぱとか茎を食べれば、虫は死んじゃうでしょう。だから、殺虫剤がいらないんですよ。そういうものができるということで、(Btタンパク質が出る)遺伝子組換えのトウモロコシとかができたんですけれど、「葉っぱを食べたら虫が死ぬ」ということを、大々的に日本のマスコミは報道しまして、消費者さんは「虫が食べたら死ぬようなもの食べていいのかしら」(と思うわけです)。もうこれは非常に不安を煽ったかなと思いますね。そういうことから、(遺伝子組換えでないという)こういう表示をするということに、なってきたんだと。これはもう我々から言いますと、このBtタンパク質というのは、私たちが食べても(同じタンパク質である)肉や卵を食べたのと同じように、体の中で消化されます。(消化後は)吸収されるか、お尻の穴から出てくるか。ただ虫の方は、このBtタンパク質の受容体が(消化器に)あるんですよ。そこにこのたんぱく質がくっつくと虫は死んでしまう、そういうものなんですね。

(人間には害がないといった)そういうところをきちっと報道しないで、そういう(煽るような)ところだけを報道しちゃって、みんながちょっと不安を感じてしまったというところは少し残念かなという気がします。

川添 なるほど。あと遺伝子組換えのほかにゲノム編集というような言葉も聞こえてくることもありますけど、これはまた違うものなんですか。

西村 遺伝子組換えは先ほど申しました、もともとその作物が持っていない遺伝子を、外から組み入れます。それで新しい特性を出そうというものなんですけれども、このゲノム編集というのは、そういうことはいたしません。私たちの体、哺乳類は、肉がつきにくいように制御されてます。牛でも人間でも。だから人間のマッチョっていうのは、あの人たちは本当に鍛えてるんですよ。そうじゃないと、あれだけの肉はつかないです。どうして肉がつかないようにしてるかというと、あんまり肉がつきすぎると骨が折れちゃうんですよ、力が出過ぎて。

そういうことで(肉がつきにくいよう)制御をしてるんですけれど、その(制御する)遺伝子を取っちゃう。そうすると1.5倍ほど肉が取れる鯛ができる。あるいは1.2から1.3倍ぐらい肉がついた牛ができるということで、食糧増産できるということになります。このゲノム編集というのは外から遺伝子を入れません。中にある遺伝子をいわゆる編集、切っちゃうわけですね。ちょっと都合の悪い遺伝子を取っちゃって編集しますから、これはもう普通の突然変異と変わりません。だからこれは後で調べても、自然に起こった突然変異なのか、ゲノム編集という技術を使ってできたものなのか、わからないから表示義務がございません。

このゲノム編集をするために、ハサミがいるわけですね、遺伝子を切るハサミ。今まではなまくらなハサミしかなくて、思ったところをキチンと切れなかったんですけれども、フランス出身のエマニュエル・シャルパンティエさんと、アメリカ出身のジェニファー・ダウドナさんという2人の女性の方。クリスパー・キャスナイン(=CRISPR-Cas9)、聞いたことありませんか。これ、ハサミなんです。遺伝子を切るハサミで、ものすごく正確に、思ったところをスパッと切るんですね。こういうふうなものを(2人の女性研究者が)見つけまして、2020年ノーベル化学賞に輝きました。山中(伸弥)先生のiPS細胞もノーベル賞取りましたよね。あの技術は遺伝子組換えの技術を使ってるんです。

川添 そうなんですか。

西村 で、(遺伝子組換えも)このゲノム編集のほうもノーベル賞に輝いたということで、世界が認めた技術というように理解していただきたいなと思います。

川添 ありがとうございます。そのように本当に世界的な研究が進んでいるこの食品加工の世界というところで、今後の社会問題に対してですとか、どのように展開されていくのか、そのあたりの何か展望、先生の見解みたいなことを最後お伺いしてもよろしいでしょうか。

西村 これだけグローバルウォーミング(=地球温暖化)が進んでいます。そうすると、イネでも1℃、2℃も(気温が)上がりますともうとれなくなったりするわけです。そうしたら、暑さに強いイネを作らなきゃいけない、でも従来の品種改良ではなかなか間に合わないわけです。そうしますと、こういうゲノム編集と遺伝子組換えの技術を使って、先ほどのパパイヤみたいに、早くそういう耐性の(ある)ものを作ると、食糧を持続的に我々は手にすることができますし、単位面積あたり、たくさん稲穂がつくお米とかね。ジャガイモにしても、もうあまり皆さん知らないかもしれないですが、毒があります。芽のところに、ソラニンというのが。それよく知らないものですから、今小学校なんかでジャガイモを育てて、それみんなで食べましょうと言って、食中毒はよく起きてますね。年間で100ぐらい起きてる(※)。
※ 音声の年間100件を、10年間19件に修正(厚生労働省「過去10年間の有毒植物による食中毒発生状況(平成24年~令和3年)」による)

川添 そんなになんですか。

西村 でも、そういう毒性物質ができないようなジャガイモも作ることは可能です。

だからウクライナの戦争とか、そういうことが起きて、食糧危機というのは今までよりもかなり身近に差し迫ったことだと思うんですね。そうなってきますと、こういうものを使って品種改良をしていって、単位面積あたりの収量を上げるとか、安全性の高い作物を作るとか、そういうふうにしていかないと、これから日本の人口は減りますけど、世界の人口はどんどんと100億人をめざして増えていくといわれていますし、みんながお腹いっぱい食べられるようにするためには、この技術というのは、私はとっても期待のもてる、人類に希望をもたらせる技術じゃないかな、そういうふうに考えています。

川添 ありがとうございます。全4回にわたってお話を伺ってましたけれども、(遺伝子組換えは)なんとなくマイナス面ばかりが印象付けられてしまって、むやみに恐れてしまったり、悪者だっていうふうに思い込んだりしていたことも無意識のうちに多かったのかなということに気づかされました。本当に基本的なことから、一から教えていただきありがとうございました。

西村 どういたしまして。

川添 これまで4回にわたって「パッケージから知る食品加工の世界」をテーマに西村公雄先生にお話をお伺いしてきました。