#4 おいしさを解明した先にあること【村上 恵】
和食だけでなく各国のグルメを日常的に味わえる日本は、食への関心が高いといえるかもしれません。さまざまな味を楽しむ中で、私たちはおいしさを「うまみ」という言葉で表すことがあります。では、うまみとは、なんでしょう。調理科学を研究する村上先生に、日本における食の研究などを伺いました。
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川添 前回に引き続き、生活科学部食物栄養科学科教授で、調理科学がご専門の村上恵先生に、「おいしいも、時短も叶える調理科学」をテーマにお話を伺います。本日もここ、京都にあります、同志社女子大学のキャンパス内からお送りしていきます。それでは先生、よろしくお願いいたします。
村上 よろしくお願いします。
川添 前回までの第2、第3のエピソードでは、私たちの日常の調理に役立つような食材の冷凍とか、加熱ということについて調理のお悩み相談的なこともさせていただきながら、科学的な知見も踏まえて教えていただきました。
今回が最終回になるんですけれども、先生は食の研究を進められているということで、研究事情についてお聞きしていきたいと思っています。どこからお話ししようかなというところではあるんですけれども、食の研究、特に日本での食の研究の歴史的なところを少しお伺いしていってもいいのかなとか。世界に日本の文化的なこと、日本独特の食に関する知識が研究として広まっていった、そういった契機がどのあたりの時代にあったのかといったところから、お話を伺ってみたいと思います。
村上 和食が文化遺産(=ユネスコ無形文化遺産)になりましたよね。
川添 そうですね。
村上 文化遺産になったというのは、もちろん和食のお料理そのものもなんですけれど、その背景に地域のお祭りや行事と結びついているところが非常に評価されて、文化遺産になったわけです。けれども、やっぱり日本料理の中で取り上げられるのがうま味成分といいますか、だしですよね。だし文化というのが、一番、世界的にもいわれているところかなと思います。うまみ成分というのは元々昆布から見つかったといわれています。池田菊苗博士という方が初めて発見されて、これが「うまみ」だと名付けられたのが始まりです。昆布を乾燥させて熟成させて、それを水に浸けて加熱してだしを取るということをしているのは、多分日本だけだと思います。カツオも釣ってきて、それを乾燥させて、いぶして、カビ付けということをして、それを削ってお湯で煮出すことをしているのも、多分日本だけではないかと思うんです。だから昔の方の知恵というのは、本当に素晴らしいと思います。
それがおだしになって、おだしが基本となって和食が形づくられてきたんだと思いますし、それが世界に認められているというのは非常にいいことだと思っています。そこを紐解いていくといいますか、私の場合だとうまみ成分がどうやって染み込んでいくかとか、そういうところが調理科学の分野かなって。だしの引き方はどれがいいのかというのは、今でも実は議論されているところで、いろいろな出汁の引き方がされています。
川添 そうなんですね。改めてカツオも昆布も、最後にだしにするまでの工程で手間をすごくかけているところは、日本人だからできたのかなとも思います。これを日本以外の欧米の方とかが、聞いてどんな反応だったんですかね。
村上 私が直接存じ上げているわけではないんですけれど、元々私たちは味というときに、「五原味」という話をします。それは何かというと、塩味と甘味、それから苦味と酸味とうまみなんです。これが基本となっていますという味なんです。でも実はそれが5つになったのは1985年ぐらいの話です。
川添 1985年っていったら…。
村上 40年くらい前なんです。けれどその前は何だったかっていうと「四原味」だったんです。うまみが入っていなかった。うまみが入っていなくて、なかなか世界に認められなかったと聞いています。「うまみという味はない」とずっと言われていて、うまみが発見されてから今では100年以上経っていて、そこから認められるまでに結構時間がかかっていて、ようやくそれが認められて五原味であると、これは味であるとされたのがそのぐらいだと言われているので、なかなか認められなかった。
でも一旦認められると実は(うまみは)グルタミン酸なので、昆布のうまみ成分はトマトとかチーズとか、ヨーロッパとかでもよく使われている食材の中にも含まれている成分だったので、皆さんもそれはよく昔から知っていた味です、と。でも今では京都の料理人さんが結構外に行ってうまみの話とかをされているので、だしのうまみというのは、今はもう認知されていて、今ではうまみというと、世界的に通用する言葉になっています。
川添 ようやくという感じですね、そうすると。でも本当は僕たち知ってたよっていう。
村上 そういう感じですね。
川添 それだけ、うまみというのはすごく繊細なものなんだろうとは思うんですけれど、その繊細さというのは日本独自のもの、なんていうんでしょう、食に対する味に関する表現の仕方っていうんでしょうか、そういうところにも日本人独特のものって見られたりするんでしょうか。
村上 これは学生さんにも嗜好の話のときにお話をするんですけれども、もちろん私たちは味とか香りとかそういうもので、おいしさを感じてるんですけれども、もう一つは食感です。食べたときにどんなふうに感じるかという。その表現が日本人はとっても多くて、しかも重ねる言葉が多いんです。
川添 重ねる言葉。
村上 例えば揚げ物で、「おいしい揚げ物ってどんな揚げ物ですか」と聞くと、「サクッとしている」とか「サクサク」とか「パリパリ」とかいうような、重ねる言葉を言うことが多い。逆においしくないものはというと、実はおいしくないもののほうがいっぱい出てくるんですけれど、「ベチャベチャ」とか「ベトベト」とか「シナシナ」とか。
川添 シナシナって言いますね(笑)。
村上 そうなんです。そういう言葉って、何となく私たちは聞いているとちょっと違いがわかるじゃないですか。ベチャベチャとベトベト、シナシナの違いはなんとなく…。
川添 わかります。
村上 わかるんですけれど、これを英語に訳すのがすごく難しいということを研究されてる方がおっしゃっていて、サクッとするとかも、表現するとクリスピー(crispy)だけになっちゃうとか。
川添 あぁぁぁ。
村上 というふうになるので、非常に難しい。ですので、日本人ってものすごく繊細に食感も感じているということをお話しすると学生さんも納得といいますか、そういえばそうだなって。大体(こういった)言葉って、今455だったか、たくさんあるんです。
川添 そうなんですか。
村上 たくさんあって、それぞれどういう感覚かというのを分類している研究もあって。
川添 シャキシャキとか思いますね。その辺は本当に日本ならではなんですね。全然意識したことなかったですけれど。世界と日本との違いっていうところではそういうお話もありつつ、でも日本の中だけでも、地域とか特性みたいなものってありますよね。味もそうでしょうし、いわゆる独特の食文化みたいなことって、そのあたりも古くから伝わっているものを、科学的に解明していくっていうこともされたりするんですか。
村上 そうですね。(研究の)根本はそこかなって自分では思ってまして。やはり昔から伝わっている料理というのは、おそらくその土地で採れたものをいかにおいしく食べるかということを知ってきた結果、今も伝え継いでいっているものだと思うんです。なのでそこにはおいしくなる理由があって、そこを解明しているということになります。私は昔、沖縄料理を研究していて、沖縄の食材は炒め調理が多いというのは最初にも申し上げたかと思うんですけれども、栄養成分を保持するということがわかっていて、それがもしかしたら沖縄県の健康長寿につながってるんじゃないかということもあるので。しかも沖縄って日差しがきついので、植物は日差しがきついと自分の種を守るために表面の色を濃くするとか、栄養成分を濃くしていくことをするので、そうすると栄養素そのものが高くなって、それをまた炒めることで、より保持をするっていうことが、食文化にもつながっているし、長寿にもつながっているということもあります。あとは水も違うので。沖縄はサンゴ礁の島なので水の硬度が高いんですね。
カルシウムとかマグネシウムとかの濃度が高いので、普通に水をやかんで沸かすと白くなったり、固まったりするという感じなんですけれど、それゆえに昆布とカツオで一番だしを引くというのではなくて、カツオと豚のバラ肉であるとか、そういうものでおだしを取ることでソーキそばのようなものができていったのかなと思います。
川添 今でこそ流通が整っているので、寒い地域でも暑い地域でも同じ素材を使って料理ができる環境にあるわけですけれど、その昔を考えるとそんな環境では確実になかったので、だからこそ、そこそこの土地での採れるもの、気候だったり、素材だったりとかを生かしたものが文化として根付いてきたはず。それがなんというか画一的なものにどんどんなっていっちゃうと、それはそれで寂しいものがありますね。
村上 そうですね。だから今、地域による違いが残っているもので、皆さんがよくご存知なのはきっとお雑煮かなと思います。よく学生さんへの宿題で、「どんなお雑煮を食べますか」ということを聞くんですけれど、そうするとやはり海沿いの方は魚介がたくさん入ってるものをよく食べておられるし、山間部の場合は、山の幸を入れたものがたくさんあるというふうになっています。やはりその土地の食文化って非常に重要だなと思いますし、そこを何でそういうふうに調理をしていくのかというのを解明していくのが、私は楽しいと思ってやっています。
川添 調理と文化的な背景というのが、密接に絡んでるというところは、聞いていてすごくおもしろいなと思いました。ありがとうございます。もう最後になりますので、先生が今研究を進められている中で、この調理科学という分野で、目下注力されていきたいことや、この研究を通して大事にしたいことをお聞きしてもよろしいでしょうか。
村上 今まで冷凍であるとか、加熱調理をしたらどんなふうに栄養素が変わるのかということをやってきたんですけれども、調理をしておいしく食べてほしいというところもありますし、栄養価もあるものを食べていただきたいということを思っているので、手間をかけてやることも大事だと思っているんですけれども、なかなか皆さんそれは難しいので「簡単でも満足感のあるお料理が、こうやったら作れますよ」という情報発信を、自分の研究を通じてやっていけたらいいなと思っています。
川添 先生ご自身も時短料理とかされるんですか、普段は。
村上 時間がないので(笑)。本当に皆さんね、どれだけやってるんだろうって。
川添 さぞすごく(笑)。
村上 そう、さぞすごくやっていると思っておられると思うんですけれども、そんなことはなくて。野菜の料理は本当に、多分皆さんも思っていらっしゃると思うんですけれど、下処理がとても面倒くさいと思ってらっしゃると思うんです。私は今の時期、特に(収録をしている7月の)今は暑い時期なので、とにかく甘酢に漬けるとか、そういうことをしています。もう三杯酢につけるとか、あとごま油をちょっと入れて中華風とか、オリーブオイルを入れて、ちょっとオレガノも入れて溶かして西洋風とかもしてますし。今、調味のお酢も売っていますので、そういうものに切って漬けるだけ、もうキュウリとか、カブとかナスとか、もう切って入れるだけで十分です。それを食べたら何となく野菜をとったよ、みたいなことをやっています。何でもおみそ汁に入れるとか、そんなふうにしています。皆さんも気負わず気張らず、やってもらえたらいいなと思います。
川添 調理ご専門の先生から、そんな日常もお伺いできるとすごく勇気づけられます。手をかけたいときは手をかけて、料理を楽しむということができたらいいのかなとも思いますし、そのあたり上手に付き合っていきたいなと思いました。全4回にわたって村上先生にお話をお伺いしてきました。先生どうもありがとうございます。
村上 ありがとうございました。