#2 その一言で加害者に。名誉毀損と侮辱の線引き【谷 直之】
インターネットを通じて情報や意見などを簡単に発信できるようになり、一方でその発信に対して、「法的措置を講じる」という対応を見かけることがあります。では、何が「加害」にあたるのでしょう。刑法、刑事訴訟法を専門とする谷先生にお聞きします。
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川添 前回に引き続き、現代社会学部社会システム学科教授で、刑法、刑事訴訟法がご専門の谷直之先生に、「大人になった今、知っておきたい生活と法」をテーマにお話を伺います。本日もここ京都にあります、同志社女子大学のキャンパス内からお送りしていきます。それでは先生、よろしくお願いいたします。
谷 よろしくお願いします。
川添 前回から始まりましたこの法律関係の番組ですけれども、今回第2話ということで少し踏み込んでお話をお伺いしていきたいと思っております。今回のテーマですけれども、「名誉毀損と侮辱の線引き」ということで、今SNSをされている方は本当に多いですし、各自がいろんな意見だったり、感想だったり、いわゆる情報というものを自由に発信できる時代になってきました。そういった中で、名誉毀損だったり侮辱だったり、そういった言葉も法律まわりのお話として見聞きするようなことも、多くなってきているのかなと思っています。なので私事として、皆さんに聴いていただけたらと思っています。自分自身が加害者になる可能性があると思って生活するというか、一言一言気をつけたほうがいいというようなお話でしょうか。名誉毀損と侮辱と、いきなり言葉を出しましたけれど、私自身は何が違うのかが実はよくわかっていないところです。何が違うんでしょうかというところから、お伺いしてもよろしいでしょうか。
谷 そうですね、私の専門の刑法ですけれども、名誉毀損、侮辱、これが犯罪になる場合があります。名誉毀損罪というのは公然と事実を摘示して人の名誉を毀損するというのが犯罪になるという場合です。侮辱罪は事実を摘示せずに、公然と人を侮辱するという行為が犯罪になるわけです。
ですから“公然と”という要件が一つポイントなんですけれども、名誉毀損罪のほうが犯罪としては重い犯罪になります。名誉毀損罪は、具体的な事実を挙げる、「誰々はいついつどこどこで、こういうことをしたんだから、ばかだ」とか「だから悪いやつだ」というふうに、具体的な事実を挙げるのが名誉毀損罪。そして具体的な事実を挙げずに公然と「あいつはばかだ」というふうに悪口を言うのが侮辱罪ということになります。
川添 なるほど。事実を前提にしてばかにする、という部分が大きく違う。そして事実を基にしてというのは、名誉毀損のほうになるということですね。難しいですね。
谷 そうなんです。名誉毀損罪でもう少し言うと、名誉毀損罪の場合はその事実の有無に関わらず処罰するとあります。刑法って実は明治時代につくられた法律で、結構古い法律なんですね。それがマイナーな修正で今まで生きている、生きた化石みたいな法律なんですけれども、明治時代の名誉を重んじるといった社会の中でつくられたものなんでしょうね。公然と事実を挙げることによって、まぁ、事実があったほうが皆さん信じますからね。「あいつはばかだ」って言うよりも、「こんなときに、こんなことした。だからこれほどばかだ」って言うほうが、より皆さんが信じる力が強い。それが名誉毀損罪と侮辱罪の違いなんですけれど、名誉毀損罪の場合も「その事実の有無に関わらず処罰する」となっていますので、本当のことでも犯罪になっちゃうわけです。この名誉毀損罪の保護法益、守っているものはその人の社会的な評判ということになるので、「それがうそでも本当でも、とにかく今、人々がある人に対して抱いてるその印象を損なうような言動があると犯罪になりますよ」ということなので、結構恐ろしいことですね。
川添 そうですよね。
谷 政治家が賄賂をもらっているとかそのあたりも、クリーンな政治家のイメージが今あるのが下がるわけですね。「どこどこの会社から、どんな賄賂をもらった」みたいなことを摘示して評判を下げる言動を公然とすれば犯罪になる。現在は報道の自由、知る権利とのバランスを取るためにそういった条文を付け加えたりしていますけれど、基本的には本当のことでも犯罪になるというところは、ちょっと気をつけなきゃいけない。
よく学生に言うんですけれども、例えばサークルなどに、かっこいい先輩がいるとします。みんながその先輩を狙っているときに、自分の友達が「お料理がうまい」みたいなうそをついて「お弁当を作ってきたの」みたいな感じで、その先輩に渡して点数を上げようとする。そこで、「ちょっと待って、その子は実は料理ができないのよ。デパ地下とかで買ったお惣菜を詰め込んだだけなんだよ」ということをみんなの前で言っちゃうと、それが名誉毀損罪になる。
川添 いわゆる、チクるみたいな。
谷 本当のことでも評判を下げることがあると犯罪になるというのは、ちょっと気をつけなきゃいけないところかなと思います。
川添 なるほど。でもその事実自体も、本当に事実かどうかということすらわからないというか、そこも争点になったりもするんですか。
谷 そうですね。裁判では争点になることはあるんですけれども、名誉毀損罪自体は、事実の有無に関わらずって書いてありますので、うそだろうと本当だろうと公然と多くの人の前で人の評判を下げることを、「そのお弁当は作ったものじゃなくてコンビニで買ったお惣菜だよ」というように具体的事実を挙げて評価を下げることを言うと名誉毀損罪。具体的に挙げずに「料理下手なのよ」とか言うと、侮辱罪という犯罪になってしまいます。ただ、犯罪にはなるんだけれども、実際は名誉毀損罪、侮辱罪というのは今までほとんど使われてこなかったんです。民事の不法行為ということで、損害賠償の対象という形で裁判になることはあっても、刑法で警察が逮捕する、検察が起訴することはほとんどなかったのがこの名誉毀損罪や侮辱罪っていう犯罪だったわけです。
川添 それが今は、刑法として扱われるようになった、ということですか。
谷 そうです。民事事件にとどまらず、刑事事件になる例が増えてきています。それは事実だと思います。
川添 そのきっかけというのは、SNSの普及だったり、そういうことで何かしら事件が起きた、事件とすべきことが起きたとか、そういった流れになるんでしょうか。
谷 そうですね。社会がインターネットで大きく変わったというのが、一番大きいのかなと思います。以前は公然といっても、特定少数の人以外の前で、事実を挙げて人の悪口を言っちゃうと犯罪になりました。とは言っても大声で多くの人に語りかけても、聞いてくれるのはせいぜい何十人、何百人というぐらいにとどまっていたんでしょうね。ところがインターネットで誰もが情報発信できるということになりますと、瞬時に何万、何千万という人のところにその声が届くようになっている。しかもSNSとかだと誰かが転用する、リポストだとか、「いいね」という形で1回言ったことが、かなり多くの人に伝播して広がっていく社会になってしまいました。今までのように、直接聞いた人が少ないから、刑事事件ではなくて民事で処理しようということにはならなくなってきたのかな、と。
そんな中で非常に深刻な被害というのが出てきたというところから、社会の意識が変わったのかなと考えています。
川添 そうですよね。例えばどこかのお店だったり、商売をされているところに対して、Xだったらポストがきっかけで発信されて拡散されたことなどによって、いろんな損失をこうむられたりとか、そういうことって簡単に想像できるなと思って聞いていました。1回目のときも法改正の話もありましたが、社会の流れに対して法律というのは、追いついているものなんでしょうか。そのあたりはいかがですか。
谷 そうですね。社会の変化が非常に激しすぎて、法律はいろいろな分野で追いついていないというのが実情かとは思います。そういったインターネットの誹謗中傷、この名誉毀損に関わらず、社会的な信用とか、経済的なもの、営業の妨害といったあたりに大きく波及するようになってきて、その対応がなかなか追いついていないのは事実です。刑法改正などは最近非常に多いんですけれども、何とか対応しようと動いてるところなのかなとは思います。
川添 そうなんですね。刑法となると、罰がつくということなんですよね。名誉毀損で罰せられる方は、どんな刑罰になるんですか。
谷 法定刑というんですけれども条文に、「これをやったら犯罪ですよ」という部分と、「そのときはこれぐらいの範囲の刑罰が待ってますよ」ということを予告しています。名誉毀損罪は、3年以下の懲役もしくは禁錮3年以下の拘禁刑(※)または50万円以下の罰金ということで、マックスで3年刑務所に入ってもらいます、あるいは50万円以下の罰金になりますというのが、刑罰なんです。
※拘禁刑とは刑務作業を貸す懲役刑と作業義務がない禁錮刑を一本化したもので、2022年6月の改正で創設、2025年6月より施行。(名誉毀損)第230条 公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する。
侮辱罪のほうは、改正される前は拘留または科料(かりょう)といって、拘留というのは短期間の身柄拘束でひと月に満たないもので、マックスで30日。科料は「とがりょう」とも読むんですけれども1万円に満たないもの、実際は1000円単位なので最低が1000円、マックスでも9000円を納めるという刑罰、これが(改正前の)侮辱罪の刑罰になります。昔の牧歌的なところだったら、どれだけ大声で人々の前で悪口を言ったとしてもその範囲は限られたもので知れていたんですけれども、インターネットになるとかなり情報が独り歩きする。それから永続的に、一旦出てしまうとなかなか消えないというところで、被害が本当に深刻に、長期間継続することになってきて、これじゃ対応できないんじゃないかという話になったんでしょうね。侮辱罪は近年、法改正があって刑罰が引き上げられるという経緯を持ってます。(侮辱)第231条 事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、1年以下の懲役若しくは禁錮若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。
川添 私たち一般の者からすると、そういう罰の重さ、軽さみたいなことって、情報をパッと聞くだけで判断しがちだ思うんです。前提の知識がないから「そうか3年しか懲役にならないのか」みたいな感じで数字だけの印象を持ってしまって、そこで罰の重さ、軽さみたいなところを判断しがちだったり、それについて批判がすごく立ち上がったりしがちなのかと思いました。けれど、横並びにして比較するものではもちろんないでしょうし、そのへんの情報の捉え方がすごく難しいなと、今聞いてて思いました。
谷 そうですね。多くの方は、犯罪は犯罪だということはわかっていても、それがどれぐらいの刑罰にふさわしいと定められているかというところまでは、あまりご存知ないかとは思います。人の物を壊す器物損壊罪は、刑法261条、3年間の懲役(拘禁刑)になります。それで考えると、人の窓ガラスを割ったり、何かを壊す、鉛筆バキッと折るみたいなものが3年以下なのに対して、今のインターネットの時代、多くの何千万の人にずっと消えない形で人の悪口を言うのは非常に深刻な影響ですよね。名誉毀損罪が3年以下ですから(器物損壊罪と刑罰が)同じぐらいということになる。侮辱罪の場合は、改正前は1万円未満、9000円がマックスあるいは30日、どれだけ頑張っても30日しか刑務所に送り込めないっていうことなので、名誉毀損罪と比べても、器物損壊罪と比べても軽いという印象は持たれるかもしれません。
実際にあったことでは、女子プロレスラーの方のテレビ出演に関して、誹謗中傷がネットに執拗に集中して、結局自死なされたわけですけれど、「指先殺人」だとか「指殺人」と言われて、簡単にスマホで人の悪口を言って追い込める、そして死を選ばざるを得なくなる深刻な影響にもかかわらず、あの事件では(侮辱罪として)裁判所が下した刑罰が9000円の科料でした。法定刑があり、裁判官はその範囲内でしか言い渡せないので、それでいうとマックス9000円、一番重い金額を言い渡したんですけれども、世の中では「これが9000円で済むのか」というところでかなり声が上がり、令和4年に刑法改正されて侮辱罪の法定刑が1年以下の拘禁刑、30万以下の罰金というふうに、引き上げられたわけです。引き上げられたんですけれども、さっき言った器物損壊罪が3年なのに、窓ガラスを割ったら3年なのに、誹謗中傷が1年という。
川添 人の命が奪われているのに、ということですね。
谷 そうです。ただ、この改正はかなり意味があると思います。例えば逮捕というのも、改正前だと1回警察が呼び出して、正当な理由が無いのに出てこないとか、住所不定だとかそういう場合じゃないと実は逮捕できない、軽すぎて逮捕できなかったんです。改正によって1年ですけれども、軽いですけれども逮捕ができる犯罪に切り替わりました。ですので、刑罰というのはどちらかというと、逮捕されるぞという刑事訴訟法上の手続きのほうがインパクトは強いのかもしれないな、という気もします。
川添 なるほど、ありがとうございます。こうやって時代とともに、法が変わってきているということもすごくよくわかりました。少し話は戻りまして今日のテーマの名誉毀損と侮辱というところの違いだったりとか、私たち自身の何気ない一言が刑罰につながっていくことも、よくわかりました。ありがとうございます。今回はこのテーマでお話してきましたけれど、次回はまた別の角度から、先生に引き続きお話を伺っていきたいと思っております。よろしくお願いいたします。
谷 よろしくお願いします。