#4 患者に寄り添う「製剤設計」という技術【喜里山 暁子】
症状の緩和や、病気と付き合いながら日常生活をおくるために欠かせない医薬品は、どのように開発されているのでしょうか。より効率的かつ効果的に、患者の負担を軽減する「製剤設計」の視点から、開発について教えていただきました。
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川添 前回に引き続き、「薬剤師が伝授する医薬品との上手な付き合い方」をテーマにお話をお伺いするのは、薬学部 医療薬学科 准教授で薬物動態学がご専門の喜里山暁子先生です。本日もここ京都にあります同志社女子大学のキャンパス内からお送りしていきます。それでは喜里山先生、よろしくお願いいたします。
喜里山 よろしくお願いいたします。
川添 前回まで3回お話を伺ってきましたけれども、主にはお薬の効果を最大限に活かしていくというようなことで、患者といいますか、服用する側が気をつけるべきことだったりとか、上手に付き合っていくことについてポイントを伺ってきました。今回最終回ということで、医薬品自体の開発ですとか、「製剤設計」という言葉を使って今後の医薬品の形というのを、先生からお話をお伺いできたらと思っております。
喜里山 製剤設計っていうとすごく難しい感じがするんですけれども、皆さん、実際に触れているものもあります。前回お話した1日1回でいいお薬などは、もうだいぶ前から薬に工夫をして、1回でいいようにしているということになります。簡単な例ですと、一つの錠剤がゆっくり溶け出すように工夫されていて、長い時間ずっと溶け出しているのでずっと吸収されていく。なので、血液中にも薬がある程度、維持されるという形になります。前回そういうお薬はかんで飲んじゃうとダメだっていうお話をさせていただいたんですけれども(そういう理由です)。
あと、糖尿病の患者さんは多いと思うんですけれども、中には飲み薬で症状を抑えておられている患者さんも結構いらっしゃると思いますが、インスリンの分泌が悪くなりますとインスリンの注射というのが必要になってきます。そのインスリンの注射というのも必要なところに必要なインスリンの量を到達させるということになります。インスリンの注射って、どこに注射するかご存知ですか。
川添 脚、太ももの辺りとかでしょうか。
喜里山 そうですね。いろんなところで(ほかに)お腹とかあると思うんですけども、血管に(薬を)直接入れるわけではなくて、筋肉内であるとか皮下とかそういうところに薬を入れます。そういうときに普通でしたら、注射した部位からのジワジワッと血管の方に染み込んでいきまして、血液中にインスリンが入るということになります。その場合は、注射して数分で効果を発揮するということになります。
食後すぐに血糖値がボンと上がる患者さんにとっては、そういうふうにすぐインスリンが血液中に入ってくるといいんですけれども、インスリンって食事とは関係なく一定量が分泌されています。そうすると、その分泌量が元々少ない患者さんにとってはずっと効いて、ある程度、インスリンがずっと補給され続けてるのがいいというふうになります。そういう場合でしたら、注射した部位から(薬の成分が)血液中に移行するのに、少し移行するスピードを抑えることによって、長時間少しずつ血液中に入るという工夫がされてます。
いろんな工夫、方法があるんですけれども、インスリンってもともとインスリン単体というより分子がいくつか集まって安定しているんですけれど、いくつか集まってる状態から1個ずつになるスピードをコントロールして、インスリンの効きの速度を変えるということを、結構前からされてるんです。そうするとインスリンを注射する回数も減ってきますし、理想的な分泌パターンを再現することができますので、病状に合ったインスリンの分泌状態に持っていけるということになります。
川添 薬を服用する側からすると、薬を使っていると自分が思ってる時点で、それ自体が不安なことだったり、ちょっとした負担感だったりを感じていて、なおかつ今お話をお聞きしたインスリン注射みたいなことになると、身体的な負担というか、もういろんな負担、不安が二重にも三重にも重なっている、それを少しでも取り除いていく。そういうための医薬品の開発というのが、きっと進んでいるんだろうな、というふうにお伺いしてると感じました。あとはライフスタイルの変化だったりとか、10年、20年前に比べていろいろな働き方だったり、日々の過ごし方だったり、人の生活スタイルというのが変わってきた中で、それにより対応する薬の変化というか、薬の方も対応させていくというか、そういう観点も、今後、未来に向けての開発っていうところであるのかな、というふうに思いました。
今、未来に向けて進んでいる医薬品の開発というところで、ちょっと重要視されているポイントであったりとか、具体的に何か“こういうことが進んでいる”だったりとか、そのあたりを教えていただくことはできますか。
喜里山 はい。そういう意味ですごくここ10年ぐらいで発達したのが、多分、抗がん治療、抗がん薬、がん治療だと思うんです。昔はいわゆる抗がん剤といって、普通の化学分子で、それがたまたま、がん細胞に効くよっていう感じのものが抗がん剤として扱われてきました。今は、耳にされたことあるかと思うんですけど遺伝子治療とか、抗体医薬といって、抗原抗体反応とかありますと、比較的、(病原体など異物にある)抗原に対して特異的にくっつくようなものが抗体という感じなんですけど、そういうものに医薬品をくっつけて、がん細胞だけが持つたんぱく質などに(医薬品を付着させた抗体を)くっつけて、がん治療するっていうのが、結構もう一般的になってます。
そのとき、副作用ががん治療はつらいというのが一般的なんですけれども、それは(従来の抗がん剤が)がん細胞もやっつけるけれども、自分の元々ある体の中を構成している細胞にも効いちゃうので、非常に体力的にもきつくなります。けれども、(抗体医薬のような)そういうふうにピンポイントでがん細胞だけに効くっていう薬ができましたら、副作用が比較的少なくて、少量で効果が高いということが期待されます。
あと、遺伝子治療というのがあると思うんですけれども、がんもがん細胞、一つの細胞なので遺伝子っていうのを持っています。その遺伝子の型を調べることによって、その型に特異的な、特に効果の高い抗がん剤…いろんな種類があると思うんですけれども、その中から「この遺伝子型のがん腫瘍細胞にはこの薬がいいよ」というのを選んで治療するのが、どこの病院でもやってるような、スタンダードな治療法になってます。
川添 今、目下進んでいるといいますか、研究が進んでいるお薬開発事情であったりとか、そのあたりで、もしお聞きできることがあれば。
喜里山 これはうちの研究室がやってることで、あくまで研究になりますが。先ほどのがん治療の話で、薬って血液にのっていろんな臓器に移行していく、分布していくっていう話はしたんですけれども、血液の流れの少ない臓器というのは、薬がなかなか臓器とか組織には行きにくいっていう事情があります。そうなるとがんの骨転移というので、骨にがん細胞が移行しますと、なかなか治療が難しくなってしまいます。骨自身、血流が非常に少ない臓器になりますので、普通に抗がん剤投与をしても、なかなか骨には行きにくい、他の臓器に行っちゃうってこともあります。そういうときに、「ドラッグデリバリーシステム」ということで、がん細胞のある骨の組織に特異的に集まるような抗がん剤があると、非常に治療効果が上がるということになります。
どのようにして、(ドラッグデリバリーシステムで薬の成分を)骨に集めるかということなんですけど、骨の中に多い成分とか、骨の中にある特異的なタンパク質成分、そういうものにくっつきやすいもので抗がん剤をくるんであげるとか、その抗がん剤の分子化合物自身の一部を、そういうもの(=骨転移したがん細胞)にくっつきやすいように変えてあげるとかすることによって、血流の少ない骨なのに、抗がん剤が移行しやすくなる。研究段階ではあるんですけれども、そういうことをめざして、今、いろんなところが研究してると思います。
川添 なるほど。特にがんっていう病気は、罹患する患者さんの割合っていうのが少し前、ひと昔前に比べたら増えて、他人事ではない、本当に身近な病気なのかなっていう感覚もあります。そういった病気に対して、いわゆる効く薬といいますか、ピンポイントで効果を発揮できるような医薬品が日々開発、研究されているところは、今後の私たち人間の寿命が延びている中で、そういった研究というのは本当に大事な部分なんだなっていうのを、すごく感じますね。
喜里山 薬を飲んで病気が治るっていうのは非常に大事なんですけれども。できるだけ患者さんの生活スタイルを残して、残してって言い方は変ですが、その質を落とさないように、それでかつ治療効果を上げるような工夫というのは、やっぱり重要だと思います。それを「クオリティオブライフ」っていうんですけれども、生活の質も維持しながら、病気と向き合っていくというのをめざして、日々いろんな研究とか治療方法が開発されてると思います。
川添 なるほど、よくわかりました。そういった日々研究開発されているお薬と、使う側の患者がより良い効果を得られるように、正しく使っていく。その両方がそれぞれの重要なことなんだなということを、全4回にわたってお話をお伺いしてきた中で、最後すごく感想として持ちました。ありがとうございました。
喜里山 ありがとうございます。
川添 これまで4回にわたって「薬剤師が伝授する医薬品との上手な付き合い方」をテーマに喜里山 暁子先生にお話をお伺いしてきました。先生、全4回にわたってどうもありがとうございました。