#2 「物の心知る」という表現からうかがえる平安時代の感性の豊かさ【大津 直子】
平安時代は貴族を中心とした序列社会。では、高い家柄に生まれれば無条件で尊敬されたのかというとそうでもないようです。貴族社会で重んじられた「物の心知る」という観念について伺いました。
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川添 前回に引き続き、「現代につながる『源氏物語』の世界」をテーマにお話をお伺いするのは、表象文化学部日本語日本文学科准教授で、平安文学がご専門の大津直子先生です。本日もここ、京都にあります同志社女子大学のキャンパス内からお送りしていきます。それでは先生、よろしくお願いいたします。
大津 よろしくお願いします。
川添 今回から『源氏物語』をいよいよ深掘りしていくということなんですけれど、まずは少し復習としまして、この『源氏物語』がどんな物語なのかを改めて先生から教えていただきたいと思います。お願いいたします。
大津 はい。前回も触れたことですけれども『源氏物語』は54巻あり、前半から中盤にかけては正編と呼ばれて光源氏が生きていた時代。光源氏の死というのは物語に描かれていなくて、「雲隠(くもがくれ)」というタイトルだけが存在する巻が置かれます。その後に「匂兵部卿」巻(におうひょうぶきょうのまき)から後半の13巻が続編、光源氏の末裔たちの物語として残っています。
川添 ありがとうございます。『源氏物語』で描かれている平安時代なんですけれども、これからお話を進めていくにあたって、前提の知識ということで知っておいたほうがいいところで、この時代は貴族がいて、序列社会というイメージ持ってる方もいらっしゃるかと思います。このあたりの仕組みについて、先生からご説明をお聞きしながら、理解をしていきたいなと思います。よろしいでしょうか?
大津 そうですね、一言でパッと答えるのも大変なご質問なんですけれど、当時の貴族たちは官位で序列が決まっていました。
官位というのは、官職と位階のかけ合わせです。(簡単に言うと)官職がポスト、今でいうところの役職にあたります。位階というのは簡単にいうとランクのことです。これが今、川添さんが序列とおっしゃったことと繋がるんですけれども、当時、社会にデビューすると、位階というランクが与えられ、それに相当するような官職が与えられる、官位相当といいます。どうやって位階、ランクが決まるかといいますと、それは生まれた家の家柄によって決まります。
川添 では、もう生まれたときから決まっているという感じですか。
大津 すごく優秀な人でも、超えられない壁というのがあります。ちょっと前に、あまりいい言葉ではないですけれど「親ガチャ」っていう言葉が、流行ったと思うんです。(平安時代の貴族社会は)本当に「家柄ガチャ」もいいところで。
川添 なるほど。
大津 位階は1から9段階。一番下の9ランク目を「初位(そい)」というのですが、それがさらに細分化されています。そして五位と六位の間には、越えられない壁というものがありまして、貴族と一般にいわれる人たちは、一位から五位までを指します。世代が交代するにあたっても、五位の中までの人たちの子どもがまたそのステイタスを引き継ぐ。そのように貴族社会は(家柄によって)再生産されます。ですから六位以下の官人は存在してるのだけれども、平安文学にキャラクターとして登場することは稀です。
川添 なるほど。ちょっと復習すると、官職という役職がまずあって、位階という、生まれたときからの家柄によるランクというのがあるというお話。あと位階というランクに、1から9まで段階があり、1が一番、高いということですね。
大津 そうですね。
川添 この五位と六位のところに、いわゆるボーダーがある。
大津 あります。
川添 五位以上の方が殿上人であって、いわゆる貴族と呼ばれる方ということで、大丈夫でしょうか。
大津 はい。
川添 ありがとうございます。『源氏物語』で出てくる主要人物の光源氏は、どういった位置にいらっしゃるんですか。
大津 光源氏は若い頃、源氏の中将(ちゅうじょう)と物語の中で呼ばれます。中将というのは、近衛府(このえふ)という役所の次官です。その場合は、四位(しい)の位に相当しますので、光源氏が源氏の中将と呼ばれているときは、おそらく四位の位だろうと。若くて中将ということは、エリートコースでもあります。
川添 そうなんですね。ランクでいっても高いほうということですよね。
大津 そうですね。その先がもう見えてるといいますか。
川添 なるほど、わかりました。これは男性のお話だと思うんですけれども、一方で女性にそういった位があったりするのか、そのあたりのお話もお聞きしてもいいでしょうか。
大津 女性の場合は基本的には、夫をもうけて、結婚するというのが一般的なんですけれど、われわれが平安文学を読むときは、主家に仕えた女房、女房になった女性たちの動向に目が向きがちだと思います。
女性が出仕(しゅっし)する場合は、紫式部や和泉式部や清少納言、みんなそうなんですけれど、個別に私設秘書みたいな形で主家から―紫式部の場合は道長家ですが―オファーがあって雇われる場合と、宮中そのものに仕える場合があります。
川添 すごくわかりやすい言葉で説明いただいて、理解しやすかったです。ありがとうございます。女性はそういった形だったということですが、さっきチラッと先生から紫式部や清少納言という人物のお名前も出てきたと思うんですけれど、よく比較されるお二人かと思います。このお二人というのは、位だったり、仕え方だったり、あと立ち位置というのは、異なっていた、それとも同じようにお仕事をされていた方々なんですか。
大津 女房や侍女たちも、上流と中流と下仕えという形でランクがあります。彼女たちは父親が受領(ずりょう)といって、地方に下向する、今でいうところの地方官なので、お父さんが県知事さんみたいなイメージです。そういうふうに諸国を見知っている中流の女性たち。(紫式部も清少納言も)そういう人たちがみんな筆を取ったというのが、平安時代のおもしろい現象かと思います。女性が書き手となる文学がこんなに輩出されるというのは平安時代独特の特徴でして、それはかな文字の発達や、あるいは主家に仕えることによって、すずりとか墨とか紙とか物資が手に入る環境、与えられる環境だということが、彼女たちがものを書くということに、多分に関わってると思います。
川添 そのお二人の比較というところからいくと、二人が書かれたそれぞれの作品、『源氏物語』だったり『枕草子』という作品の中で、使われている言葉や表現の仕方で、どういう立場の違いだったとか、二人の違いみたいなところが読み取れたりすることもあるんですか。
大津 なかなか、答えが難しい(笑)、文体も全然違いますし。一つトピックとしてあるとすれば、敬語の現れ方でしょうか。『源氏物語』の場合は三位以上、上から3ランクですね、三位と書いて「さんみ」と読むんですけれど、三位の位以上に敬語がつく。対して、『枕草子』は五位の位の人にも敬語がつくという指摘があります。
また『枕草子』はすごくおもしろい作品で、さっき五位以上にステイタスがあるという話をした思うんですけれど、六位の蔵人というポストをすごく気に入っていたみたいで、たびたび『枕草子』の中で、彼らのことを紹介しています。
川添 六位といったら、いわゆる庶民の方のこと……。
大津 庶民ではないですね。官僚組織の中にはいるけれど、貴族ではない。
川添 その方々のことを好んで書いていたということなんですね。やはり作品によっても、書く人によっていろいろ異なるんですね。敬語の使い方とか、そういったところも初めて知ったところです。二つの作品で立場によって敬語の違いがあるというのは、今初めてお聞きして、すごく興味深かったところです。もう少しお聞きしたいのは官位が高かったら平安社会の中では、いわゆる安泰というのか、尊敬される存在だったのか、人望があったのか。そのあたりは官位に紐づいたものだったのか、いかがでしょうか。
大津 基本的には序列社会ですので、権力を持つという意味では尊重はされていたと思うんですね。ただ一方で、身分が高くても細やかな心の機微とか、言葉のリテラシーが高いかどうかというのもすごく重要で、だから「試すような歌は詠みかけてこないでね」なんていうやり取りがあったりしますし、そうとも限らないですね。
川添 そうなんですね。
大津 たとえば、原文を読んでますと「物の心知る」という表現が出てきます。どんなイメージありますか。いきなり聞かれても困るという感じですか。
川添 「物の心知る」ですよね。現代では聞いたことがない、使わない言葉なのかなという感じはするんですけれど。
大津 そうですね、説明が難しいというか、漠然とした感じなんですけれど。物は情理ととらえるとわかりやすいでしょうか。要するに「 物の心知る」とは情理を理解するという意味です。この表現が、特に『源氏物語』の中には繰り返し出てきます。人間は感情だけで物事を動かそうとすると、激情で理屈をないがしろにしてしまいますし、一方で理屈だけで社会が運用されるとギスギスしますよね。
「物の心知る」とはその二つのバランス感覚が優れていることを、いうと思うんです。「物の心知る」というのは基本的には貴族たちの素養です。原文には「物の心知るは……」という形で出てくるんですけれど、時折(その言葉を)知らないはずの、それこそ六位以下の官僚だけれど貴族じゃない人たちとか、あるいは貴族社会の中に存在しない庶民たちの中にも、そういうことがわかる人が登場してきます。序列の中で生きているんだけれども、感性が鋭かったり、察知する力があったりする人というのが、物語の中に時折、顔を出すときがあります。
川添 たとえば、どんなところにというご紹介をいただけますか。
大津 たとえば、「紅葉賀(もみじのが)」という巻が『源氏物語』の中にありまして、それは冒頭の部分で光源氏の父親である桐壺帝が朱雀院というところにお出かけになるんですね。
そこで光源氏は、衆目をさらうぐらいの美しい姿を披露して舞を舞います。そのときに普段であれば光源氏のことを見ないような庶民たちが、光源氏を見る。普通であれば貴族社会と庶民の世界というのは世界が違う、同じ時代を生きているんだけれど、同じ存在だとお互いに思い合わないくらい隔絶しているのですが、その庶民の中にも少し「物の心知る」とされる者は、その美しさは何だかわからないけれど、すばらしいことがわかる。(言い換えると、)光源氏は時に彼らに涙を流させるような感応力を発揮します。それが光源氏という人の、ほかとは違う特性です。自分たちの社会の理路が通用しない存在にも影響を与え、感動させる。他には、光源氏を見ると病が治るような気がするとか、そういう表現が物語の中に出てきます。ですから(光源氏という存在が)神仏のようなときがあるんですね。
川添 なるほど。普段、絶対に出会うことはないはずなんですよね。
大津 そうですね。貴族側は、多分庶民のことは同じ生き物というか、人間だとは少なくとも思っていない。
川添 眼中にない、みたいな感じですか。
大津 そうですね。だから、いるんだけれど、いないみたいな。それが今の現代社会とは違う、要は身分社会ということだと思います。貴族と庶民との差が隔絶してあるというのは、日本の身分制度に限った話ではなくて、おそらくフランスとか他国の貴族社会、貴族たちと庶民たちの距離感も、おそらくそういうものだっただろうと考えられます。
川添 そうなんですね。現代ではなかなかイメージしづらいような環境だったという話と、そういった「物の心知る」という言葉を通して、物語の時代のことをお伺いできたと思います。ほかにもそういった言葉はあったり、出てきたりするんですか。
大津 現代でも使うけれど、現代とは少しニュアンスが違う言葉もありますし、現代と同じように使っている意味がほぼ変わっていない言葉もあります。そういった違いを比較するのも、古典文学の原文を読む上ではとても楽しい点かなと思います。どうしても原文というと、(私が教えている)学生のみんなもそうなんですけれど、品詞分解をしなきゃいけない、できないといけないとか、正しく読むにはどうすればいいかとか、あと現代語訳を暗記しなきゃいけないとか、どうしても高校、中学校の国語教育の印象が強いと思うんです。でも現代語訳を頼りながらでもいいので、何が書いてあるのかということに関心を持ってもらって、今の感覚と全然違うふうに言葉が使われていれば、それはどういうふうに変遷してきて、なぜ変わったのか。あるいは変わらないとすれば、どういった形で変わらないのかということも、原文を読む楽しさでもあります。
川添 ありがとうございます。まだそういった言葉もあるということなので、次回も現代で使われている言葉を通して、『源氏物語』という作品を深掘りして、続けてお話を伺っていきたいなと思っております。本日はどうもありがとうございました。
大津 ありがとうございました。