大人になった今、知っておきたい生活と法

大人になった今、知っておきたい生活と法

谷 直之

現代社会学部 社会システム学科 教授

#3 日本版DBSで性犯罪から子どもを守る【谷 直之】

2017年に110年ぶりに性犯罪に関する法律が改正されました。さらに2024年には子どもの性被害を防ぐ「日本版DBS」の導入が決定。改正や制度導入によって、何が変わるのでしょう。子どもを持つリスナーに知っていただきたい内容をお聞きしました。

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川添 前回に引き続き、現代社会学部社会システム学科教授で、刑法・刑事訴訟法がご専門の谷直之先生に、「大人になった今、知っておきたい生活と法」をテーマにお話を伺います。本日も、ここ京都にあります同志社女子大学のキャンパス内からお送りしていきます。それでは先生、よろしくお願いいたします。

 よろしくお願いします。

川添 第3回になりました。今回のエピソードですが、「日本版DBS」という言葉を最近よく耳にします。こちらを取り上げて、お話を展開していきたいと思っています。今、収録しているのが2024年7月の初旬ですけれど、つい先日、この「日本版DBS」に関する法律が成立したところで、各種メディアでも取り沙汰されているところだと思います。

私自身も幼児の子どもがおりまして、親になってから自分自身に対する性犯罪とか云々ということよりも、子どもに対する、こういった問題にはすごく着目するようになりました。だからこの「日本版DBS」のことは気になっているところです。そういったタイミングで今日、先生にお話を伺いますので、1本エピソードを立てて、この法律のポイントといったところからお聞きしていきたいなと思っているところです。

日本での性犯罪に関する法律というのは、元々どういうものがあって、この「日本版DBS」までにどういうふうに改正が進められてきて、今に至っているかというところから、まずお伺いしていきたいと思うんですけれども、お願いしてもよろしいでしょうか。

 はい。刑法の中に性犯罪の項目が置かれていまして、旧強姦罪、レイプとか強制わいせつ罪などの犯罪が置かれていました。とはいえ、日本では例えば電車の中での痴漢とかには、あまり強制わいせつ罪は適用されてこなかったんです。迷惑防止条例違反という非常に軽い犯罪という認識で、「減るもんじゃないし」みたいな感覚があったのかもしれません。

それが2017年になって、結構大きな110年ぶりの性犯罪規定の改正がなされていくわけですけれども、さらに今年(2024年)になって性犯罪規定がまた新たに変わる。そういう話の延長線の中で、先ほどご案内があったような「日本版DBS」という仕組みが整いました。この遠因としては、さまざまな国際的な組織が、日本の性犯罪規定の遅れみたいなことをずっと指摘してきたという歴史はあったのですが、特に被害者の方などが声を上げ始める、特に小さなお子さんをお持ちの親の方の立場から、「これで大丈夫なのか」と声が上がり始めた、上がって強くなったということが、法改正の一つのきっかけになったと認識しています。

川添 2017年に110年ぶりに法律が改正されたというお話がありましたけれども、ここでいわゆる厳罰化されたみたいなイメージですか。

 そうですね、処罰の範囲が広がりました。例えばかつて強姦罪は、被害者は女性で、犯罪行為は性行為をすることと限定されていたので、被害者は女性で男性が加害者というものでした。しかし諸外国では同性間の、男性が男性によるレイプというのも普通にレイプとして認識されておりましたので、ジェンダー、男性、女性という違いはないだろうという議論の高まりに合わせて、被害者を女性だけに限らず男性も含めて、性別を問わないという形になりました。そして行為も性行為だけではなく、もっと心にダメージ、「魂の殺人」と言われることがあるんですけれども、そういうひどい性的な虐待行為、これも広く処罰行為に入れたというのが一つの大きな改正点ですね。

あとは児童虐待で性的虐待というのがあるんですけれども、親とか子どもを守っている立場の強い人が子どもに対して性的な虐待をする、この辺りの一部が性犯罪の中に入りました。あと強姦罪は今までは親告罪といって、被害者が訴えないと処罰できない、裁判ができないというタイプの犯罪でした。ただ、被害者は自分の被害から立ち直ると共に、加害者を訴えなくてはいけないというのは結構ハードルが高いし、加害者から「お前が訴えたから俺は処罰されるんだ」みたいな逆恨みが結構あるため、そのあたりの実情なども踏まえて、被害者の告訴がなくても処罰できるように変えました。これが2017年のときの法改正になります。

川添 なるほど。そういった2017年のことがあって、今回最新の改正としては目玉というんでしょうか、「日本版DBS」の制度導入ということなんですけれども。これは日本版ということですので、諸外国ではこういった仕組みはもう先行して、あったということなんですか。

 そうですね、子どもたちを性被害から守る仕組みとして有名なのは、例えばアメリカのメーガン法というものがあります。犯罪の前歴者が近所にいてそれを知らずに子どもがその毒牙にかかってしまった、再犯の被害に遭ってしまったという、「メーガン・カンカちゃん事件」というのがあり、そこから親御さんの力で全米に広がっていったものですが、性犯罪前歴者の顔写真や身長、住所といった情報をインターネットでオープンにすることで、「うちの近所にはこういう危険な人がいるから、この人とは遊んじゃだめよ」という形で子どもを守れるような仕組みが、いち早くスタートしています。

イギリスでもサラちゃんという女の子が犠牲になった事件を元にして、インターネットで性犯罪の前歴者の情報を親御さんとか学校の先生が知ることができる仕組みなどがあり、子どもたちを守る仕組みがいくつもスタートしております。その中でイギリスに「DBS(Disclosure and Barring Service)」という仕組みがあり、ディスクロージャー(開示)といって、性犯罪の情報をオープンにする、明らかにして、バーリング、防ぐ、防止する、一定の子どもたちに接する職業からはじき出すというサービス、仕組み、これがイギリスのDBSという仕組みです。これとほぼ同じような仕組みを、日本に取り入れたというのが「日本版DBS」といわれるものになります。

川添 なるほど。イギリスのものが取り入れられているっていうことなんですね。

 そうです。DBS自体はイギリスですけれども、子どもは自分たちで自分の身を守れないので、諸外国では社会が、親が守ってあげなきゃいけないという意識が非常に強くあります。ですので、そういった無力の子どもたちを守るために、さまざまな仕組みというのが整えられていて、(DBS以外のさまざまな仕組みについても)職業選択の自由との兼ね合いとかもあるんでしょうけれども、それを超えて子どもを守る必要があるんだというところで導入されたものになります。

川添 そうやって導入されたものが日本版として先日成立したということなんですけれど、今回の「日本版DBS」については、どういった点がポイントになるんでしょうか?

 日本版の場合もほぼ同じようなものなんですけれども、(保護)対象となる年齢は18歳未満になります。大学以外の学校、その学校の教職員については事前にそういった性犯罪の前歴がないかをチェックすることが義務づけられまして、チェックをして一定の性犯罪があった場合には、採用をしないみたいな対応を求められます。

学校以外にも学習塾だとか、スイミングスクールだとか、子どもたちに接する可能性のあるいくつかの場所では認可制というのをとっていまして、「うちはちゃんと前歴をチェックして、安心な先生を揃えていますよ」ということを広報できるという仕組みです。それがないと「安心して子どもを預けられないわ」みたいなことになるので、塾とか多くの業者がこれに参加するとみられています。

川添 ということは、事業者に対してそこに加入するというのが義務じゃない。

 そうですね、義務ではないことになります。

川添 そうなんですね。対象となる機関が学校だったり、学習塾のような事業者と呼ばれるところだったりということなんですけれども、性犯罪歴がある方々の情報というのがデータベース化されていて、その情報というのはどれくらいの期間のものを見ることができるんですか。

 情報を持ってるところに、学校などがまずは問い合わせをするという仕組みをとっていて、問い合わせの結果が、まず(採用などの)審査を受けている本人のほうに行って、「辞退するなら辞退しなさい」みたいなやり方をとっているんですけれども、性犯罪などで実刑を受けた人については刑の終了から20年間の記録が残りますので、その20年間については「この人は性犯罪で服役した経験がありますよ」という情報が知らされることになります。

執行猶予などを受けた場合、有罪ですが執行猶予がつくというときには、執行猶予が満了してから10年、あとは罰金のときも罰金を納めてから10年ということになり、それ以前の犯罪歴については問い合わせてもわからないということになります。

川添 なるほど。ということは、かなり古い情報だと、そういったデータベースのほうからはどんどん消えていってしまうので、年数が経ってしまうと、追い切れないっていうことも発生してくるんですね。

 そうですね。制度ができたところですけれども、いろいろな問題点などを指摘する声もあって。一つは今おっしゃっていただいた通り、古い記録については追い切れないので、これで子どもたちを守るのは十分なのか。あと不起訴の場合は、そもそも記録に残らない。

川添 そうなんですか。

 刑事訴訟で犯罪というのは不起訴率が高くてあまり起訴されず、犯罪者の中のごく一部だけが起訴されます。最近のデータですと性犯罪でも3割ぐらい、3分の1ぐらいですかね起訴されるのが。ですから(強制わいせつ罪)不同意わいせつ罪も不同意性交等罪も大体3分の1ぐらいしか起訴されず、残り3分の2の人はそもそも起訴されないので、データに前科が残っていないんです。

ですからこのあたりについては照会しても無意味だということになりますし、あとは(性犯罪は)9割ぐらいが初犯だと言われていますので、これで防げるのは1割の再犯者ぐらい、限定的だということも言われています。(効果は限定的だと考えられているにもかかわらず一方で)「学校の先生になりたい」という思いを持つ人が職務に就けないということになりますので、子どもを守るという目的はいいんですけれども、その手段として妥当なんだろうか、やりすぎではないだろうかという議論は、2年間ぐらい、法案が提出されてからずっと議論していて、なかなか進まなかったんですけれども、今回一歩前進というか、3年後に見直すけれども、とりあえずこれでスタートしましょうということになったんです。

川添 なるほど。法が成立されたところなので施行されるのは大体いつ頃からになるんでしょう。2025年度とか、2026年度でしたでしょうか。

 そうですね、2年6ヶ月を超えない範囲で、政令で施行するとなっていますので、あと数年後、来年か再来年ぐらいにおそらく「いつから施行します」という情報が流れてくるんだろうと思います。

川添 施行されて同じようなタイミングで、学校など教育機関などは確実にだと思うんですけれど、いわゆる一般の民間の事業者で「うちはそういう対策取ってますよ、参加していますよ」ということも、一般に向けて情報が開示されていくような、そういうイメージでしょうか。

 そうですね、ただ対象となるのがそれだけでいいのか、子どもと接するような事業、子どもを預ける事業というのはたくさんあるので、今回の法だけで十分なのか、足りないのか、やり過ぎなのかというところは今から議論していかないといけないところですね。

川添 まだまだ様子を見るべきというのでしょうか、検討すべきこともいろいろ残ってはいるけれども、子どもを守るという観点からすると、一歩ようやく進めたのかなというような、そういう認識でいたらいいのかなという印象を持ちました。ありがとうございます。まだまだ動向を見ていかないといけないのかなということもあるんですけれど、その辺りは私自身も報道などを注視していきたいなと思いながら、今日はお話をお伺いさせていただきました。

ありがとうございます。今回は3回目でしたので次回が最終回になります。次回は先生が研究として深めておられる命と法ついて、お話をお聞きしていきたいと思っておりますので、引き続きよろしくお願いいたします。

 よろしくお願いします。

川添 本日はありがとうございました。