年齢を重ねるごとにハッピーに。臨床心理学から探る、幸福度の高め方

年齢を重ねるごとにハッピーに。臨床心理学から探る、幸福度の高め方

日下 菜穂子

現代社会学部 社会システム学科 教授

#3 今から始める、すてきな年の重ね方【日下 菜穂子】

日下先生は「年を取ることを喜びに感じられる社会をつくる」をテーマに、地域や社会とつながる「ワンダフル・エイジング・プロジェクト」の代表を務めています。シニア世代と在学生が一緒に活動したときに起きた、関係性の意外な変化とは? 多世代のプロジェクトから見えてきた、30代、40代から知っておきたいココロの持ち方を、実際のエピソードを交えつつ教えていただきました。

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Transcript

川添 日下先生よろしくお願いいたします。

日下 はい、同志社女子大学の日下です。よろしくお願いします。

川添 前回まで2回にわたって年齢を重ねつつ幸福感をアップさせるためのヒントですとか、生きがいづくりについて触れてきたんですけれども、今日は先生が活動されている「ワンダフル・エイジングプロジェクト」のお話を軸にお聞きしていきたいな、と思っています。プロジェクトの中で先生は、シニアのみなさんと多く接しておられるかと思うんですけれど、活動の内容ですとか、その世代の方々と触れ合う中で感じていらっしゃることなどから、まずお聞きしてもよろしいでしょうか。

日下 はい。「ワンダフル・エイジングプロジェクト」についてですね。前回、前々回と歳をとっても幸福でいられるのはなぜかとか、生きがいを感じながら生きるってどんなことなのか、みたいなことを話していきましたよね。
歳を重ねる喜びを、みんなで共有しながら、「歳をとるってことを、素晴らしいことにしていきましょうね」ということが、ワンダフル・エイジングのプロジェクト。そういう“あぁ~、生きてる”っていう実感が、前回の生きがいだったんですけど、その生きがいを感じることっていうのが一人ではやっぱり見つけにくくって。いろんな人との関わりとか、いろんな状況、社会のいろんな現象との関わりの中で、人がいろんな行動を起こしている中で、うまくいったり、いかなかったりみたいなことを体験しながら、(生きていることを)感じるのは、そういうダイナミズムみたいなもの(が必要)なので。いろんな年齢層の人が一緒に集まって活動するとなると、うちは大学なので、学ぶことをいろんな世代の人と一緒にやりましょうっていうことも、ワンダフル・エイジングのプロジェクトでやってるんですね。

川添 何年くらい前から活動されているのですか。

日下 2012年から続いてます。

川添 もう10年近いですね。

日下 (プロジェクトの)ポイントがあるとしたら、学ぶっていうと、教育っていうイメージがあって、教室で先生がいて生徒が教えられる、というような。その教える人と教えられる人みたいなのが分断されてるんだけれど、社会に出てみると、誰が先生、誰が生徒かっていうのって、すごく変わりやすくなってくる。そういう意味では、誰もが先生になったり、生徒になったというのが交代しながら、みんなで学び合う、全員が主役になるような学び方というのが、できたらいいなと思ってますね。

川添 「ワンダフル・エイジング」っていう言葉は、専門用語というよりも、このプロジェクトのために作られた言葉、ということですか。

日下 そうなんですよ。私は心理学(が専門)なんですけど、心理学の中に「ポジティブ心理学」っていう心理学の分野があって、人の持ってる強みを生かして、より良くしていきましょうっていう、臨床心理学の中でもそういう強みを生かす分野なんです。
元々私は鬱予防の研究をしてて、歳をとってくると鬱になること多いので、鬱の予防を地域でするっていうような健康教室やってたんです。でも、マイナス(の感情)をゼロにするって結構大変で、マイナスをゼロにしたから幸せかっていうと、そこはわからないところがあるんですけど、ゼロをプラスにしていくのは比較的やりやすいので、アプローチとしては、今持ってるもの(プラスの感情)、人って落ち込むこともあればいいこともあるし、感情のバランスなんじゃないかなと思って。
(マイナスの感情を)ゼロにする工夫も大事なんだけど、ゼロをプラスにすることをいっぱい増やしていくと、日常生活の中でポジティブの気持ちが多くなって、ネガティブな方が出てきにくくなる、それができればいいなと(プロジェクトを)やっています。
そういうことを、一人でやらずに、(一人でなくても)高齢者だけでやってるのが結構多いでしょう。大学でも同じ年代の人たちが、似たような人と集まって勉強してたり、地域に行くと高齢者だけが公民館に集まってたりとか。(同じ世代と一緒だと)喜びとかが拡張しにくいんです。
いろんな世代の人と一緒にやることで、自分が相手のために何かしてあげられることとか、自分が何かやれるスペース(居場所)みたいなもの、自分のやってることが位置づけられてきたりするのが、見えてきたりするんです、人との違いの中で。そういう意味では、多様な人たちがごちゃ混ぜになって、一緒に汗水たらして一生懸命やるっていうのが実際にできると、学校も地域も、もっとイキイキしてくるし、歳をとるということが、すごくいいことだなっていうのも、(年配の人が)若い人と接することで自分たちの良さを感じることができるんじゃないかなって思っているんですよね。

川添 実際に本学の在学生もこのプロジェクトに関わっているんですよね。

日下 そうなんですよ。これも結構続けてて、めちゃくちゃ面白いことがいろいろ起きていて。例えば(大学では)高齢者と一緒に「プロジェクト演習」という授業があるんだけど、そこの履修生は大学生で、高齢者も受講できるんです。大学生は単位をもらえる。高齢者には喜びがある(笑)
Pepperという人型ロボットいるじゃないですか。何年か前に、Pepperのロボットアプリを開発して、ソフトバンクさんのコンテストに出そうっていう授業をやったんです(※)。
で、うちの現代社会学部という学部の学生と、地域のシニアの方が来て「アプリ作るぞ」「コンテストは半年後だ」「半年後に優勝したらみんなで焼肉に行けるぐらいの賞金がある」と。
※ソフトバンクロボティクスの感情をもったパーソナルロボット「Pepper」のロボアプリを開発するコンテスト「Pepper App Challenge 2017」に参加。

川添 結構いい金額ですね(笑)

日下 もう、みんなの共通の目的は焼肉ですよ(笑)。もう「焼肉食べるぞ」ってアプリを作るんだけど、現代社会学部の学生は基本、そういうプログラミングとかやったことがないし、高齢者になったらスマホも持ってないっていう方もたくさんいて。そういう方が一緒になって、とにかく頑張るっていうことをやっていると、本当に不思議なことが起きて、みんな、わからないから教え合うんですよ。学生はそういうプログラミングとかロボットのことがわかってくるからそちらをできるし、高齢者はちょっとへこたれた学生を慰めたり、議事進行したりとかして、やっていくんです。
最初、学生は、なぜか受身になって高齢者を立てるのね。その辺は、若い人は歳をとった人を敬わないと、みたいなことをちゃんとやろうとして、すごく相槌を打ったり、「わかりました」とか言ってるんだけど、途中ぐらいになると学生が(高齢者に)意見を言い出すんですよ。そしたら高齢者が「何を言うんだこの若造は」みたいに、(実際は)そんなことはおっしゃらないけど、「エッ」という感じになって、1回途中で(学生も高齢者も)葛藤があって、最後はみんなで対等に意見を交換していって、「こうしたらいいんじゃない」という(言い合える)関係に変わって、できたアプリはすごかったんですよ。

川添 すごい面白いですね。

日下 人間国宝の井上八千代さんにも出場いただいたりして、いろんな方が協力してくださって。いいアプリができてコンテストに出して、優勝はできなかったんだけど、とんがってるアプリっていうところで、ちょっと変わってる、突き抜けている、女子大生とシニアが開発したアプリということで、しばらくの間ソフトバンクさんのホームページで紹介されていました。
だから、いろんな(世代などが)違う人たちが寄るとすごい面白いものができる効果。あとそのコンテストに落ちたときにね、学生がすごく悲しんで泣いてたんですよ。そうしたら、高齢者が「大丈夫だよ、人生もっと大変なこともいろいろあるから」って。

川添 人生経験からのアドバイスというか。

日下 温かく励ましてくれたっていうことがありますね。

川添 全く違う年齢層の方と、深く関わりある機会って本当に身近にはないと思うので、そんな中で学生側もシニアの方も、プロジェクトで一緒に活動する中ですごく刺激し合って……なんでしょう、自分の人生観まで変わっちゃうんじゃないかみたいなことを、お聞きしてて、感じた部分があります。

日下 確かに、すごく教育的効果も高いな、っていうところはあるんですけど。あと前回、一生懸命に生きましょうという話をしてたと思いますが、一生懸命に生きてることも大事なんだけど、自分が頑張るっていうことに限界があるんですよね。
そういったときに、いろんな人と繋がりながら学んだり生きたりすることっていうのが大事。一生懸命、一人ひとりが頑張っている、そして、その人たちが自分たちがやってることを、ちょっと誰かのために使ってみたり。何かを一生懸命やってるとね……例えば、料理はします?

川添 しょっちゅうではないですけれど(笑)

日下 でも何か作ってね、おいしいものができたら、誰かに食べてもらいたくなったり
…しません?

川添 そうですね。自分がおいしいなと思えるものができたら、やっぱり一緒に、って思いますよね。

日下 そういう自分が一生懸命やってることを、ある程度できるようになったら、誰かにその喜びを分けてあげたいとか、見せてあげたいからSNSに写真をアップしたりとか、今はみんなよくやってますよね。

川添 そうですね。

日下 自分が一生懸命勉強してることを誰かとわかちあうっていうことをしだすと、誰かを思う気持ちというのが、最終的に自分の喜びに返ってくるので、もっとやりたい(わかちあいたい)と思うんですよ。それが循環していくと「もっと知りたい」「この先、何があるんだろう」となって、次の勉強になるからすごく成長していくし、高齢者の方も歳をとってそれで終わりじゃなくて、「若い人のためにやるなら、もっとこんなふうにしたらいいんじゃないか」って、みなさん次のことを言ってて、誰もやめないんですよね。(アプリ開発は)こんな大変だったのに。次、次と思うから、若い人も成長するし、高齢者もまた次のこと考えてるっていう、成長のスパイラルに入っていくんですよ。

川添 前回までに伺った中で、心が動くっていうのがあったと思うんですけど、(自分の心が動く)経験をそのプロジェクトの中でどんどん繰り返していって、(お互いが)向上しているような、そんなイメージなんでしょうか。

日下 そうですね。その心の動きの中、サイクルの中に、他の人を思う、周囲を思うという、自分の喜びをみんなの喜びにシェアしていくことをしていくと、(自分の)心の動きの幅がすごく大きくなっていい方向に動き出すし、(さらに)みんなの心が動いて個から集団へっというふうに変わっていく。「ワンダフル・エイジング」の「ワンダフル」には、みんなでワクワクするような意味があって、この先何があるかわかんないドキドキ、ワクワク。ワンダーする。不思議というか、未来がわからないドキドキ感みたいな意味があるんですよね。

川添 (プロジェクトは)今、何人ぐらいで活動されてるんですか?

日下 すごいですよ、今100人。今ね、(コロナの影響で)直接会えないんですよ、高齢者と大学生が。それでLINEのグループを作ってるんですけど、登録者が100人いて。

川添 え、すごい。

日下 すごいの。対面でやってたときよりも、高齢者の場所とか移動の負担がなく参加できるようになって、非常にイキイキされていて、かえって交流が活発になったようなところもありますね。

川添 そうなんですね。コロナ禍を経験したからこその広がりっていうことも、あるのかもしれないですね。

日下 それもさっきの(アプリ開発の)話に出ましたけど、困難を越えるというのを一緒にやったんで。高齢者のみなさん、本当に最初は使えなかったんですよ、LINEもスマホも。だけど「また、あんな活動したいから、どうやったらできるの?」ってみんなで言いながら、(学生と高齢者のみなさんが)助け合ったことですごく仲良くなって、「じゃあスマホ持ってみようかしら」とか言って地域(の携帯電話のお店)に走られているので、携帯電話のお店から感謝されてもいいかもしれない。高齢者の方が結構お店に行かれるので、実はうちが紹介しました、みたいな(2人笑)

川添 そうなんですね。今、プロジェクトで動いておられる活動って、どんなものをあるんですか。

日下 そうですね。いろいろやってるんですけど、地域の中に一緒にごはんを作って食べる場所を展開しましょう、というシェアダイニングを。

川添 シェアダイニング。

日下 はい、食を通じて。さっきは学びでしたけど、食べるってことはもっと人間生活の真ん中なので、食を通じて多世代が一緒に手を動かして、喜びを分かち合うような場所を作ろうということをやってます。

川添 それもオンラインも活用して……というような進め方をされているんですか。

日下 はい。基本は対面なんですけど、今はコロナ(の影響)で一緒にご飯も食べれないし。離れた場所で、今はオンライン飲み会とかもありますよね。あんな感じで、オンラインをうまく使って、一緒に作ったり食べたりすることができるかな、ということで、共感創出システムとか、ダイニング映像シェアシステムみたいなものを開発して、特許出願中ですね。

川添 それはまた楽しみですね。先生はプロジェクトで活動をされている中で、いろいろなシニアの方とかと接してこられたと思うんですけども、そういった方々と接しておられる中で、我々のリスナー世代30代とか、40代ぐらいの方に向けて何かアドバイスがあるとしたら。今の時代、今のこの年齢から、今後に向けてこうしておいたらいいねという、アドバイス的なことがあれば、ぜひお聞きしたいなと思うんですけれど。

日下 アドバイスね、難しい。みんな一生懸命に生きているから、そうですね……。アドバイスというわけではないんですけど、とにかくその一生懸命に生きてることの中で、ちょっと周りに目を向けて。自分ができることも大事なんだけど、30代、40代になったらいろんなことができるようになってきてるんですよね。そのできたゆとりで、周りを見渡してみて、周りのために、自分が何ができるのかな、誰かのためにって、ちょっとアテンションを外に向けてあげるっていうことをしていく。自分というのは、もう限界があるんですよ。だけど、その限界を超えるためには「誰かのために、何ができるかしら」とか、周囲に目を配って、みんなの中で自分がどういう存在であるかっていうところに意識を向けていただくといいのかなというのは、少し(アドバイスとして)思ったりしますね。

川添 自分のことで精一杯になっちゃうと、外に目が向きにくいというか、周りを意識しにくくなってしまいがちかもしれないですけど。その辺、上手に(周囲に)意識を向けるようにできたらいいなと思います。

日下 なろうと思ってやることではなくて、自然となっていくんだと思うんですね。割と女性って、そういう(周囲を)ケアする、家庭の生活とかあると思うんです。仕事の面でも。周りの喜びとか、周りの幸せが自分の喜びになることって、本当に生涯続く幸せの源なんですよね。
だからその生活習慣というのが、例えば自分の周りの人にも広がってね、みんなで喜びを作り合うみたいな関係性になっていくと、とってもいい社会になるんじゃないかなぁというのは、ちょっと理想としては思ってるので。私の課題でもあるんですけど、みなさんと共に頑張っていきたいなと思っています。

川添 そうですね、一緒に頑張っていきたいなというところですね。ありがとうございます。
本日は「ワンダフル・エイジング」をテーマに、40代から始める素敵に歳をとる準備ということで、先生が活動されている「ワンダフル・エイジングプロジェクト」の活動のご紹介をメインにお話を伺いました。先生どうもありがとうございました。

日下 ありがとうございました。