年齢を重ねるごとにハッピーに。臨床心理学から探る、幸福度の高め方

年齢を重ねるごとにハッピーに。臨床心理学から探る、幸福度の高め方

日下 菜穂子

現代社会学部 社会システム学科 教授

#4 「人生100年時代」の社会を考える【日下 菜穂子】

あなたは何歳まで生きたいですか? 人生100年時代といわれている今、長く生きるなら、心身ともに健康で過ごしたいもの。年を重ねるごとに喜びを感じられる社会をめざして、地域社会や企業とさまざまな研究を行っている日下先生に、最新の研究事情をお話しいただきました。ワクワクする取り組みがいっぱいです。

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Transcript

川添 日下先生、よろしくお願いいたします。

日下 はい。日下菜穂子です。どうぞよろしくお願いします。

川添 最終回となるんですけれど、今回は、これまでお聞きしてきた個人、個々の意識の持ち方という観点から、ちょっと社会全体に目を向けていくような形で、人生100年時代と今言われているこの社会を考えていくことを軸に、お話を伺っていきたいと思います。
まず日下先生は、前回お話を伺ったような「ワンダフル・エイジングプロジェクト」の活動ですとか、いろんな企業さんとの連携のプロジェクトなどで多く(の方と)携わっておられると思うんですね。これからのこの人生100年時代っていうのが、どういうふうに変化していくと感じておられるのか、お聞きしたいです。

日下 またまた大きなテーマですね(笑)

川添 いきなり、ちょっと大きく出てしまいました。

日下 人生100年ってね。川添さん、何歳まで生きたいですか?

川添 それを私、最近よく考えるんです。実は。うーん……70代は生きていたいなと思ってます。

日下 謙虚にでましたね(2人笑)

川添 “80代まで生きたとしたら、どうかな”って最近思うこと多いです。

日下 そこからがワンダフルですよ(笑)。80代まで生きたら、そこから先、まだまだ続くのが今の時代。女性も90歳ぐらいですか、平均寿命は延びていますからね、どんどん。人生100年だけど(今や)人生120年時代ですよ。

川添 ……さらに20年。

日下 120年ね。川添さんがおっしゃっている70代まで生きられた場合、100歳になれる可能性って、かなり高い。だから長く生きれば生きるほど、100歳になれる可能性が上がっていくので、多分70歳までいけたら100歳までいけますよね。

川添 そうですよね。

日下 そういう時代の中で、みんなが100歳とか120歳になれる時代になったときに、何かちょっと、不安がありますよね。

川添 そうですね。100歳まで例え生きれたとしても、自分の体の状態がどうなのかなとか、精神的な状態ということも、どうなのかなとか。心身の健康が維持できているのかなっていうのが一番、不安な部分なのかなと思っていますね。

日下 そうですね、健康に対する不安が大きいですよね。だから健康寿命とか言われて、健康で長生きするっていうことが、いろんな人の目標になってしまってる。健康でいるっていうことが、長寿社会の大きな価値感になっちゃっている。

川添 はい。

日下 体が健康、(例えば)健康診断の結果がいいっていう人は、学校生活の中でいうなら成績のいい人みたいになってて、じゃあ、健康でなくなったらどうしたらいいんだろうって不安(を抱く人)がとっても多くって、今、私たちが将来を思うときに不安が大きいのね。この社会の中で生きていくときに、もっと健康以外の価値感っていうのが、いっぱい認められないといけないと思うんです。

(健康だけが価値のような)一つの価値を目指す社会じゃなくて、みんなの価値が認められて、それぞれがそれを追いかけることを喜びと感じられるっていう意味で言うと、前から言ってる(個人の)大きな目的はみんなの喜びにある。
そのために健康でありたい人は健康を追いかければいいし、お金持ちになりたい人はお金持ちになるために頑張ればいいし、誰かと仲良くしたい人はそこ頑張ればいいし。それぞれの個別性を認めつつ、最後はみんなで、みんなが幸せになれるように努力するっていう社会だといいな、価値の多様性を認めていくような社会が理想の社会というふうに、「ワンダフル・エイジングプロジェクト」では考えてるんですね。

(個別性を認めながら、みんなで幸せになるために)社会に広げるような活動を、研究プロジェクトという形でやってます。個人がどう生きるかということが大事なんだけど、この社会がどう変わっていくかっていうことも大きな課題ですよね。

川添 ええ、そうですよね。

日下 そのためには、一人で頑張っていくんじゃなくて、理系の人も、企業の人も、文系の人もみんなの力を寄せ合って、みんなが生きやすい社会を作っていきましょうよ、っていう取り組みを、今、私たちの「ワンダフル・エイジング」のプロジェクトではやってるんですね。

川添 実際に研究で取り組まれている、ご紹介いただけるようなことってありますか?

日下 「シェアダイニング」というプロジェクトをやっています(※)。これからの人生120年の時代、いろんな価値が認められて、多様な人がイキイキと暮らせるような社会をつくるということを、食の場から発信していくっていうことをやっています。自分が何かできるようになる“個のGET”から、みんなの喜びに価値感をシフトするっていうのは、みんな理屈でわかっていても、なかなか実現できないじゃないですか。実際に地域の中で「シェアダイニング」っていうスペースを置いて(みんなの力を寄せ合うことを)体験してもらうと、“あ、これが価値の転換なんだ”っていうのがわかる。文化として根付いていくので、それを広げるようなことができたらいいなと思ってます。
※シェアダイニング=世代を問わず、地域の人が一緒にごはんを作って食べる場所を設ける「ワンダフル・エイジングプロジェクト」の取り組み。詳しくはエピソード3参照

人生120年、100年時代の変化(に向けたプロジェクト)とおっしゃってたけど、こういうムーブメントってあちこちで起きてて、例えば今、ウクライナとロシアの問題も起きていますよね。あれって、明らかに個人が何か利益を得るためのGETの行動なんですよ。
では、社会みんなが怒ってるのはなぜかといったら、一人ひとりがGETを主張しちゃったら、みんなの幸せにならないじゃない。みんなの幸せをめざすために力を寄せ合うことをしないといけない時代に、「なんてことしてくれたんだ」っていうのがみんなの怒りなので、どっちかっていうと価値は個から集団へ動いているような、時代の流れは来てるんじゃないかなって思いますね。

川添 その個の価値感っていうのを、共感者を得ていくためにも発信しないといけないと思うんですけど、その発信の仕方がちょっと過ぎてしまうと、なかなか理解も得にくかったりして、その辺が難しいところだなあと思います。

日下 めちゃくちゃいい質問ですね(笑)。そうなのよ。そのときにやっぱり共感っていうのがとっても大事。ここ(ワンダフル・エイジングプロジェクト)で何をしようとしてるか、例えば何で食をやってるかっていうと、“ここに来たら、おいしいものが食べれますよ”っていうのが、いったら喜びなんですよ。みんなのゴール。
食べるものがおいしい、おいしいものを食べたいっていうのはみんな共通してるから、そういうみんなに共通する喜びをポンッと出して、「おいしいものを食べるために、一緒に食べると楽しいですよね」とか、「自分だけで作るより、生産者さんからおいしいお野菜が届くといいですよね」とか。そういう“おいしいものを食べたい”っていう動機に引きずられて、いろんな人が寄る仕組みが自然にできるっていうのが、食の場の「シェアダイニング」の強みなのかなっていうのは思ってますね。

川添 その仕掛け自体は、誰にでも受け入れられやすいというか、理解しやすいというか、本当に身近な、些細なことなのかなって思います。食もそうですし、もしかしたら(食以外の)違う生活習慣みたいなものでも、取って変えられるのかもしれないですよね。

日下 そうですね。「おいしいものを食べたいから、じゃあ、みんなで集まって食べましょうよ」っていうのは、私たちは当たり前に理解できるから、みんなの共感は得やすいんだけど、今、そこに来れない人もたくさんいたり……(シェアダイニングに)来れている人は、いろんなとこ行けるんですよね。
だから大きな問題は、歳をとって体が不自由になられたり、そういったところに溶け込めない人たちがどうやって来れるかっていうところが、やっぱり大きなハードルなんですよね。そこを越えるときの鍵が、テクノロジーだと思うんです。

川添 はい。

日下 今いろんなテクノロジーが発達しているから、それを上手に使えば、人が自然に来る仕組みって作れるような気がするんです。なので私たちはシェアダイニングを作るときに、テクノロジーで人の行動変容を促すというか、人が自然とそこに来て、コミュニケーションを活性するようなテクノロジーの導入を今取り組んでいて、(他大学の)工学部の先生とか医学部の先生とかと一緒に、共同研究みたいなこともしているわけなんです。

川添 それこそ、ご高齢の方でお体が不自由とかであっても、周りにアドバイスをしたりとか、手を差し伸べられる人がいると、そのテクノロジーを使って、共創の場に一緒に集ったりとかできる可能性があるんですよね。

日下 そうそう。(多様な人がいる場への)入り方なんだけど、ちょっと手助けがあればそういう共創の場に自分自身が入っていける、入る側になる。
これまでテクノロジーって、どちらかというと見守りとか、ケアするっていう、高齢者に“何かする”ための使い方だったんだけど、これからは高齢者がテクノロジーを使って、自分のやりたいことをやれるようになる、受身や支えられる人から、もっと主体として自分たちでテクノロジーの使い方を考えて、改善していけるっていう、そういう自由がある。人とテクノロジーの関係性で、適切な関係みたいものを見つけるっていうのが、シェアダイニングのすごく大きなテーマの一つではあるんですよ。

川添 なるほど。

日下 こういうことを、哲学者のイヴァン・イリイチっていう人が「コンヴィヴィアリティ」っていう言葉で表現してて。

川添 コンヴィヴィアル……。

日下 コンヴィヴィアリティ。コンとヴィリアルで、共に喜び合うっていう(意味の)コンヴィヴィアリティ、あまり聞き慣れないですよね。
この共に喜びを作り合うって(コンヴィヴィアリティは)日本語では自立共生と訳される。自立した人たちが、社会の中に自分があるっていう実感が持てるという、そのことが喜びだと。イリイチさんは、このテクノロジーと人との関係性みたいなものを言っていて、テクノロジーっていうのは、人の能力を最大限に発揮させるためのツールなんだ、と。テクノロジーに管理されるんじゃなくって、人はそのテクノロジー、(今回の話では)高齢者の人がテクノロジーを使うことを考える余地があって、自分に合うように変えていけるような、自由が均等に配分されている社会が、コンヴィヴィアルな社会であるということを言ったんです。それ言ったのはもうずいぶん前なんだけど、今の時代にすごくぴったり合うなと思うんですね。

川添 そうですね。

日下 そういう意味で言うと、同志社女子大学、私が所属する現代社会学部なんだけど、学生たちって“自分ができることって何だろう”って、みんな自信が持ててないんですよ。だけど自分たちも発信者になれるし、自分たちも何ならあのアプリも作れるし、やりたいと思ったことは、いろんな人と助け合えば変えていけることに気づけば、歳をとってからも、いろんな物事に対して主体的に参加できるようになると思うんです。

なのでこの「ワンダフル・エイジングプロジェクト」では、みんなが、自分たちが作り手になって、社会を変えていけるっていう自信、小さな挑戦を重ねて自分たちが作り手になって変えていけるという自信を育んでもらうような場所になればな、っていうのはちょっと思っていますね。

川添 今までのお話の流れから、すごく今、フッと心に落ちた感じがしました。

日下 本当? 聞き方が上手ねぇ(2人笑)

川添 ありがとうございます。全4回にわたってのお話ということで、今回がもう本当に最終回となるんですけれど。
人生100年時代、120年という時代で(社会が)どういうふうに変化していくのかというあたりのお話をお聞きしたんですが、最後に『ひとつぶラジオ』のリスナーのみなさんが、この人生100年時代、120年時代を豊かに生きていくための最後のアドバイスというか、何か一言いただけたらと思うですけれども。

日下 そうですね……。生きがいとか、幸せって大きなことに思うんだけど、本当に今、生きていること自体が素晴らしくって、一日一日生きている、生きていくっていうこと自体が本当にかけがえのないものなので、今あることを、ちょっと受け入れていく。自分が周りの人たちの中でどういう存在であるのか、あれるのかと、ちょっと先を見ていただいて、周りと一緒に喜びを育んでいくようなことができると、非常に幸せで豊かな生活、自分だけじゃなくて周りも幸せにしていけるようになるんじゃないかな、っていうふうには思います。だから、本当にいるだけ、今あることが素晴らしいし、感謝とか喜びを感じながら生きていっていただければと思うし、私自身もそうありたいなと、日頃思っております。

川添 感謝の心と、ちょっとでも余裕、どこかに余裕みたいなものを自分で作り出せるといいのかなというふうに思ったりします。

日下 そうですね。本当にちょっと立ち止まってみたときに(思っていただきたいのが)、ポジティブ心理学の話で、自分に向けるポジティブな視線とか、人との間にあるものって見えないんだけれど、ネガティブに見ようと思ったらネガティブ見えるし、ポジティブな部分もあるけど、自分自身に向けるポジティブな眼差し、あと過去の人生を振り返ったときに“こんないいことがあった”とか、それが今の自分のここに繋がってるみたいな繋がりを考えていくと、(自分自身のポジティブな部分や過去の人生に)意味が見えてきたり。
あと、延長線上に未来を描くと前向きな未来、“こんなふうになりたいな”みたいな未来像、夢みたいなのが見えてくるので、“こうあったらいいのにな”みたいな、いろんな人と夢を語り合うっていうことをしていくと、「今は何ができるかな」っていう会話になっていくと思うんですよね。
ドリブンイノベーションとかよく言われていますが、夢に駆動されるような関係性とか、自分自身の人生の方向性を夢に向かって方向付けていくみたいなことをしていくと、一生涯に渡ってワクワクと、ワンダフルに生きていけると思います。

川添 そうですね。もうそのワクワク感を自分なりに作り出すというか、意識していきたいな、心がけていきたいなというふうに、お話を聞いて思いました。どうもありがとうございます。

日下 ありがとうございます。

川添 これまで4回にわたって「ワンダフル・エイジング」をテーマに日下菜穂子先生にお話をお伺いしてきました。改めて先生どうもありがとうございました。

日下 どうもありがとうございました。