音楽療法士がおくる、自分を大切にするための処方箋

音楽療法士がおくる、自分を大切にするための処方箋

北脇 歩

学芸学部 音楽学科 准教授

#2 心身に作用する音楽の力【北脇 歩】

音楽を聴くと元気が出る、心が穏やかになるといった経験を持っていませんか? 音楽を療法のツールとして使う北脇先生に、音楽の曲調と心身にはどんな関係性があるのか、学術的な視点から教えていただきました。

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川添 前回に引き続き、「音楽療法士がおくる、自分を大切にするための処方箋」をテーマにお話をお伺いするのは、学芸学部音楽学科准教授で、音楽療法がご専門の北脇歩先生です。本日も、ここ京都にあります同志社女子大学のキャンパス内からお送りしていきます。それでは先生、よろしくお願いいたします。

北脇 よろしくお願いします。

川添 前回は先生のご専門である音楽療法士というお仕事について教えていただきました。音楽はケアをするために使う手段ということでお話があったんですけれども。ということは、音楽を使うことで心身、心だったり、体に、何らかの働きがあるんだなというふうにイメージしました。

思い返すと私自身も、好きな音楽のジャンルとかが、いくつかあって。元々クラシック音楽を学んできたこともあるのでクラシック音楽は好きですし、それ以外で、趣味でワールドミュージックとかも好きだったりするので、複数のジャンル、音楽を聴き分けたりします。聴き分けるときに、明確に「こういう自分の状態のときは、こっちを聴きたい」とか、そういうわけではないんですが、何となく自分の気分の中で「今日はクラシックを聴いておきたいな」とか。

北脇 そうですね。

川添 通勤で使っている車の中でかける音楽を選ぶときに、自分のそのときの気持ちで、いろいろと音楽を選んで使っているというか、聴いているなというのを、今、ふと日常生活に落とし込むと、思い返すことがありました。

北脇 音楽にはいろいろな機能性というのがあって、音楽療法で一番大事にしてるのは、音楽の力というより音楽が持つ働きだったりとか、機能性ですね。それはもう身体にも心理面にも、社会面とか精神面とか、認知面もそうでが、いろいろなことに同時に、一つの活動の中で影響を与えられるというのは、音楽療法の利点の一つになるかもしれないですね。

例えばそれを、川添さんがよくご存知のパターンで言うと、ピアノのレッスンや合唱とかで、拍子を合わせるために先生が手拍子をされるじゃないですか。誘導されますよね。あれは、神経学的な理論なんです。

川添 あ、そうなんですか(笑)

北脇 そうなんですよ。エントレインメントと言いまして、なかなか耳慣れない言葉なんですけれど、元々物理のほうから来ていると思うんですね。これは外部の手拍子のような強いリズムが、体内リズムに同調していくということなんです。 こうされると、なぜか引っ張られません?

川添 そうですね。もう、そのテンポ感に合わせるというか。

北脇 そうですよね。あと、音楽を聞きながら歩いていると、その音楽のテンポに合わせて歩幅が合ったりしません?

川添 ええ、あります(笑)。

北脇 合わせないでおくこともできるんですけれど、合わせたほうがラクですよね。そういうことなんです。それをわれわれは、例えば乱れた呼吸を整えるために使うとか。安定した歩行速度というのが、例えばテンポ120といいます。でも120だとリハビリの人には早すぎたりするんですね。そういう意味で、音楽的な知識はあったほうがもちろん利用はしやすい、ということになります。あとおっしゃっていた、好きな曲を聴きたい、と。

川添 はい。

北脇 まさにその通りで、これは、いろいろな研究がなされているんですけれど、例えばストレスホルモンであるコルチゾールを低下させるには、好みの音楽を聴くといいということで、結構いろいろな研究がされていたりとか。あと(神経伝達物質では)セロトニンが向上するとストレス緩和になるとか、ドーパミンで多幸感に影響を与える機能もあります。エンドルフィンってご存知ですか。

川添 エンドルフィン…初めて聞きました。

北脇 これはエンドジーナス・モルフィン、脳内モルヒネの略なんですけれど、これも全てに共通するのは、好きな音楽とか、好きな音楽に関して没頭することによって、こういうものが脳内に出てきて、体に影響するということがわかっている。なので、好きな音楽は聴いた方がいいんです。

川添 ああ、そうですか、安心しました。音楽を聴くことで、体がテンポに合っていくというお話もありましたけれど、体がちゃんと(音楽に)ついていくということだったり、好きな音楽を聴いて気分をこう、上げていくというんですかね。

北脇 そうですね。同じ歩行の訓練でも、その人が好きな音楽でやると、それこそモチベーションにも影響するだろうし。やらなきゃいけないことが、やりたいことになるかもしれないじゃないですか。

川添 うん、うん。

北脇 そういう意味では、好みの音楽っていいのかなと思います。あとわれわれは、患者さんたちからリクエストを受けるんですね。これ、実はすごい大事な意味があって、例えば病院とかってスケジュールが決まってますよね。

川添 そうですよね。

北脇 リハビリをやって、夕食があって、寝て、起きてと時間が決まっているんですけれど、(その規則性がある中で)患者さんにオートノミー※というのでしょうか、自立性を維持してもらうためにその人にコントロールを与えるというか。その人に選んでもらうことというのが、例えば病院生活の中では意外に重要だったりとか。
※オートノミー:autonomy。自主性、自立性、自己決定

川添 ああー、そうか。

北脇 それってある意味、自己表現じゃないですか。「私はこの曲が好きなんだ」「こういう思いがあって、これをやってほしい」。それって社会性に影響してくると思うんですよね。

川添 はい。

北脇 なので、結構(音楽療法士という仕事を)切り取ると、意外に細かいことを、実は意識してやっていたりします。

川添 なるほど、そうか、選ぶということ…。すみません、話がそれちゃうみたいですけれど、そうですよね。病院とかに入院していたりすると、お食事だって自分が好きなものを選んで食べるなんて、基本はできないですしね。

北脇 できない人が多いですね。

川添 そうなってきたときに、せめて聴きたいものを、「何が聴きたい」と言えるだけでも違いますよね。そうか、なるほど。

好きな音楽を聴くのがいいというお話と、(それに関連して)あと、よく元気を出したいときに、割と前向きなアップテンポの曲を聞いた方がいいとか、聴きたくなる人もいるのかな、とか。逆にちょっと落ち込んでいるときに、落ち込んでいる気分に合わせた曲を聴いたほうがいいのか、もしくはその逆で、落ち込んでいる気分を上げるために、上げるための曲調を聴いたほうがいいのか、とか。それも人それぞれ好みもあると思いますけれど、そのあたりはいかがですか。

北脇 非常に重要なポイントで、落ち込んだときは、元気になりたいじゃないですか。

川添 はい。

北脇 元気になりたいから、元気な曲を聞いたら元気になるんじゃないか。希望を持てるんですけれど、実際どうですかね。落ち込んでるときに、「大丈夫だ」みたいなメッセージがあったときに、本人は、大丈夫じゃないじゃないですか。

川添 そうですね(笑)。

北脇 「何をわかってるんだ」ということになってしまう。いわゆるカウンセリングで言うところの、共感してもらえていない。要は否定されていることに、なるじゃないですか。

川添 はい。

北脇 「同質の原理」という-同じクオリティの(という意味による)-「同質の原理」というのがあります。もう何十年も前の理論なんですけれど。例えば元気になりたい、落ち込んでるときは、まずはそこからスタートしようと。まずそれに寄り添う、共感してもらうような、代弁してくれるような音楽とか、歌。例えば落ち込んでいるんだったら、落ち込んでる歌、なんです。

川添 (笑)。

北脇 どん底の歌から徐々に変化を与えるみたいな感じ。反対に行くよりは、そこから徐々に変化を与えていくことによって、最終的にはその行きたいところに行けるように促していくというのを、私たちはセラピーの中で応用していきます。

わかりやすい例でもう一個言うと、例えば興奮状態にある子どもたちがなかなか落ち着かないときに、例えばバックで優しい、落ち着いたクラシックが流れてるとどうか。結局耳に入らない。

川添 そうですね。

北脇 その子たちに同調することが大事で、もうアップテンポで、グワーって激しい音楽から徐々に、テンポとかボリュームとか、演奏方法とかに変化を与えていくと、その子たちも徐々にそれについて…。

川添 ああー。

北脇 同質ですよね、同じ質になっていくということなんです。最終的には落ち着いてくれるというのを狙っています。心もそうですね。カタルシスという言葉をご存知だと思うんですけれど、それで代弁してくれて、表に出して浄化していくっていうことを、われわれは音楽体験を通してやっていく。

全然余談なんですけれど、童話作家でアンデルセンっていらっしゃいますよね。彼が言っていた言葉の一つに、「言葉にならないとき、音楽が語る」。

川添 うん、うん。

北脇 まさにそうで、言葉で言いづらいことを音楽が代弁してくれた上で、ひょっとしたらそれが言語化してくれるかもしれないし、自分でしなくてもいいかもしれない。要は代わりに音楽がしてくれるんだっていう、そういうことをアンデルセンも言っていました。まさにそれなのかなって今、思いました。

川添 そうですね。音楽が代弁してくれるのであれば、本当に自分が今悲しい気持ちなんだったら、その悲しい気持ちを表現している音楽を、自分に寄り添わせたらいいでしょうし。

北脇 そうですね。前回の話で、自分でできることと、セラピストが専門家として入ることの差っていうのは、(自分一人で向き合うなら音楽を)聴いて、徐々に変化を与えられないじゃないですか。意識していても、落ち込んだままになるので。それだったら、アウトプットはできるんだろうけれど、変化、変容という意味では、やはり専門家に会って、その先を一緒に進んでいけるような方が隣にいるといいのかなというふうには思います。

川添 そうですね。そこは専門家の方にぜひ寄り添っていただいて、自分が叶えたいこと、行きたいところに行くというか。

北脇 そうですね。

川添 それが叶えばいいな、と思いますね。ありがとうございます。

前回のエピソードに引き続き、音楽療法士というお仕事も、こういうふうに力を与えてくださるんだなということで、さらに理解が深まった部分もありました。あと、私たちの体の面であったりとか、心理的な面に対して、音楽の力はどういうふうに働いているのかもすごくわかった部分がありました。ありがとうございます。

北脇 ありがとうございます。

川添 次回はさらに音楽療法の療法という言葉についてクローズアップして、もう少しひも解いていきたいなというふうに思っておりますので、引き続きよろしくお願いいたします。