音楽療法士がおくる、自分を大切にするための処方箋

音楽療法士がおくる、自分を大切にするための処方箋

北脇 歩

学芸学部 音楽学科 准教授

#4 音楽も生き方もありのままで【北脇 歩】

音楽療法士として医療現場で生と死に向き合う北脇先生。だからこそ「生きること」について考え、リスナーに伝えたい思いがあるといいます。生きづらさを感じる方へ贈る、寄り添いラジオです。

/ 18分43秒

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Transcript

川添 前回に引き続き、「音楽療法士がおくる、自分を大切にするための処方箋」をテーマにお話をお伺いするのは、学芸学部音楽学科准教授で音楽療法がご専門の北脇歩先生です。本日もここ、京都にあります同志社女子大学のキャンパス内からお送りしていきます。先生、よろしくお願いいたします。

北脇 よろしくお願いします。

川添 今回が最終回になりました。これまで3回にわたって私たちの心とか体への音楽のはたらきについて、音楽療法士の立場から北脇先生にお話を伺ってきたんですけれども。今回、私の目の前には、楽器が準備されていまして、音楽で療法するということを少し体験させてもらいながら、深掘りをしていけたらと思っております。

北脇 はい。お願いします。

川添 先生は医療現場での(音楽)療法がご専門ということで、これまでお話、エピソードも聞かせていただいているんですけれども、その現場では、実際に対象の方も演奏されるんでしょうか。それとも、先生ご自身だけが演奏されるとか、いろんなパターンがあるんですか?

北脇 そうですね。音楽療法の中には、いろいろな体験の方法があります。もちろん広い枠組みで考えると音楽体験を通して、生きていくために、もしくは健康のためにどうやってそのニーズに応えていくかというところで判断していくんですが、種類としては演奏しているものを聴いていただく、聴取をする。でもそれは受動的なんだけれど、能動的に聴いている、参加をしている。そこから例えば回想が始まったり、歌詞を分析することになったりとか、そこに思いが投影されるかもしれないということもあります。あとは何か一緒に歌ったり、一緒に楽器を演奏したりという、再創造的なものというのもあります。

あとは一から作り出す作曲であるとか、即興演奏みたいな体験もあって。私個人はその作曲とか即興とかもできる範囲で、例えば、なかなか難病の方で、(体を)動かせない方には指示を出してもらうことで、例えばその方の思いを一緒に作曲することも、全然可能なんです。なので、僕自身は一緒に(音楽を)作っていくことは、結構患者さんと一緒にやっていて、勉強になるなと思って、いつもやらせていただいていますね。

川添 作曲とか即興って、すごく難しそうな印象があるんですけれど……。

北脇 印象、ありますよね。

川添 はい。

北脇 でも、川添さんは楽器をされると、ちょっと伺って。

川添 よくご存知ですね(笑)。

北脇 ということで、ちょっと(キーボードとギターを)持ってこさせていただきました。急に持ってきてすいません。

川添 いえ、ちょっとビクビクしながら、目の前の鍵盤を見ているんですけれど。

北脇 今日は(音楽療法を受ける)対象の方が、音楽の経験がある、ない、関係なしにセラピーとしてやっていくというところも、われわれの専門性だということを知っていただきたいと思いまして、一定のルールだけ川添さんにお伝えをして、もういきなり音楽を一緒に作っていけたらいいなと。

川添 えっ。できますかね。

北脇 という感じで、ちょっと進めたいんですけれども。

川添 はい。

北脇 これも間違いとか、成功、失敗みたいなものはありません。一つだけルールがあって、従っていただいたらいいかなと思うんです。(目の前に)ちっちゃい鍵盤があるんですけれど、白と黒の鍵盤がありますよね。

川添 はい、ありますね。

北脇 今日はルールとして、黒い鍵盤だけ1音ずつ。

川添 1音ずつ。

北脇 好きなように、どこに飛んでいってもいい。何を弾いてもらっても構いません。

川添 はい。

北脇 1本ずつ、黒い鍵盤を弾いていただく。あとはもう自由です。

川添 そうですか。

北脇 何をしていただいても結構です。

川添 何をしてもいい。

北脇 はい。

川添 黒い鍵盤だけで、指は1本だけ。

北脇 1本でいいかなと思うんですけれど。今回は和音とかではなく、一音で奏でていただく。思い通りになるかどうかは一回置いておいて。もう、流れに沿ってみてください。

川添 はい。わかりました。

北脇 自分の指を信じて演奏していくというか。

川添 テンポとかも、もう本当に自由でいいんですか。

北脇 もうお任せですね、今回は本当に今から何が起こるか、僕もわからないという状態なんですけれども。

川添 はい、わかりました。

北脇 (ギターを手に)もしよければ、黒い鍵盤を押してみてください。

川添 じゃあ早速、いきますね。

(演奏する)

川添 ふふふ(笑)。

北脇 なんかできましたね。

川添 できてしまいましたね(笑)。

北脇 おもしろくないですか? 音楽の理論でいうと、FシャープとかGフラットの調になっていて。その中でも自動的に、黒い鍵盤(5つ)だけ押すと五音音階、ちょっと日本、和風な感じがします。

川添 そうですね。

北脇 それはもう、黒いところだけを押すことにすれば、勝手にそういうふうになってしまうのを、セラピスト側が準備できればいいんですよね。

川添 はい。

北脇 こちらはそれに合わせて、いろいろな状況に沿ったコード進行とかを当てはめて、今、川添さんと音楽の中で出会って、音楽という言語で対話をした、みたいな感じだと思います。

川添 本当に初めて(即興演奏を)やったんですけれど……。なんて言うんでしょうね、私が発している言葉じゃなくて、音なんですけれど、それをものすごく聴いてくださってることだったり、それに寄り添ってくださっているというか、そういう感覚がずっとありました。

北脇 そうですね。前にもお伝えした、われわれ(と対象者)の関係性というのがセラピーになっていく。むしろそういう機会が非常に重要だという考え方なんです。音楽体験の中で、その人が、そのままでいいんです。

川添 うーん。

北脇 無理して「こういう音を鳴らさなきゃいけないんじゃないか」という感覚が、今の体験の中で「なくていいんだ」って感じていただければ、ちょっと(気持ちが)自由になっていくんじゃないかな、解放されていくんじゃないかな。解放されている自分に気づいてもらう、そういったこともちょっと大事なのかなというふうに思いますね。

川添 そうですね。頑張らなくても聴いてくださるから、「まかせていたらいいや」「おまかせして、もう全然問題ないんだ」というのが、すごく感じられた気がしますね。

北脇 今、川添さんがなぞってくださったメロディがあるじゃないですか。これは今日、生まれたんですね。今日の川添さんの音というか、川添さん自身を、私は自分から生まれた音楽と一緒に対話をして、一緒にこの音楽を築き上げている。なので、寄り添っていただいてるっておっしゃってくださったのが、すごくその通りなのかなと。

僕たちは音楽療法士として、「はい、この音楽についてきて」ということはあんまりないんです。どちらかというと手を引くというよりは、マラソンの伴走者みたいな、ちょっと斜め後ろを走っているような。

川添 はい。

北脇 もし転ぶようであれば立ち止まるし、自分で動き出したらまた寄り添って走っていくし、そういうイメージなのかなという気はしてます。

川添 見守ってくださってるみたいな感じですね。

北脇 たしかにそうですね。例えば「こう弾かなきゃいけないんじゃないか」。それをおそらくできれば、皆さんは成功だと感じるだろうし、できなかったときに、それを失敗って捉えると思うんですね。

川添 ああ、そうですね。

北脇 われわれはどちらかというと、(前回の)視点の転回と、考え方はすごく近いと思うんですけれど、何て言うんですかね、成功と失敗って、失敗は振り返るんですけれど、成功はなぜ成功したかって、反省しないじゃないですか。

川添 そうですね。成功しても、「やったー」って思って、もう終わっちゃう。

北脇 意外とネガティブなほうだけ、皆さんやっぱり意識してしまう感覚が強いかなと思うんですけれど。これも考え方を転回すると、成功も失敗もおそらく一つの大きな枠で考えたときに、「これ、経験ですね」って。どっちも経験という考え方ができれば、ちょっとラクになるのかなって思いますし、それを気づけるためにも、例えば「何をやっても、結局、音楽になるんだ」というのが、何か感じていただけるといいのかなって。それはまた、人によって気づき方とか、気づくことは変わっていくと思うんですね。

川添 うん、うん。

北脇 「寄り添ってくださってる」という言葉は、今日の川添さんの感じられたことなんだなというふうに私は受け取ります。いい曲ができたかどうかというよりは、音楽を一緒に作っていくそのプロセスにすごく、臨床的な部分を見ています。

川添 体験させていただいて、より実感が湧きました。「別に失敗してもいいんだ」という気持ちの持ちようって、なかなか私たちリスナー世代だと、日常の中で非常に難しいというか。例えばですけれど、子育てで毎日時間に追われて、それから仕事もあります。それ以外のこと、もしかすると自分の子ども以外のご家族のことも、何か気にかけないといけないことがあったり。

自分のことはさておいて、周りのことに何らか関わり続けないといけない状況がめまぐるしくある中で、時間の使い方、人との対応の仕方、応対の仕方で、「もうちょっと、うまくできたのにな」とか、思うことが本当に多いんですよね。

北脇 そうですね。きっと周りの期待とか理想みたいなものに、沿わなきゃいけない。結局それって自分自身ではなくて、誰かが自分の中に住んでるような感じなのかなって思います。自我を実現するということでは、その状況は自己を実現することではないように思うんですね。どうしても自分の中に他人がずっといると、やっぱり自分自身をどこかに置き忘れてしまいますよね。

川添 ええ、そうですよね。

北脇 例えば今の演奏も、音の幅とか、どの音を選ぶとか、どんな大きさで鳴らすとかって、全部ご自身によるものなんですよね。

川添 そうでした。うん。

北脇 だからそれを、「それでいいんだ」、ただそれだけなんですよね。なので、僕自身の仕事では、どうしても対象となる方は、自分の思い描いた理想像とはほど遠いところに生きていらっしゃる方が多いので、「何のために生きているのか、わからない」とか、「生きていたって仕方がない」という言葉を聞くことが多いんです、正直に言うと。で、「そんなことないよ、頑張ろうよ」なんて言えないんですね。

川添 はい。

北脇 言うべきでもないと思いますし。だから、そこでできることは、伴走者としているだけで、寄り添って。言葉ではない何かでつながる瞬間を見つけられるかどうかもそうだし。その中で、きっかけとして何か起こって、生きているとか、生かされているみたいな、そういう意味、違った角度で見る機会が生まれればいいな。

川添 なるほど。

北脇 そういう気づきが起こって、自分でまた一歩踏み出す力はきっとあるんだろうなって信じたいです。それが見えた瞬間に、「じゃあ一緒に行こう」って、一緒に踏み出す感じです。それが言葉かもしれないし、音楽かもしれないんです。

(先ほどの即興演奏の)音楽の中にも、それがあったような気がするんですよ。「あ、こう行くんだな」って思ったら、それにこう、沿うというか。

川添 そうですね。自分の思いのまま行動することがなかなか実現できない中で、少しの時間でも、そういった時を持つことは、すごく尊かったなというふうに思います。

北脇 たしかに、そうですね。僕自身、完璧な人間にはもちろんなれないので、いろいろなことを今まで出会った方に教えていただいて、それを他の患者さんに還元することもあれば、こうやって学生の皆さんに共有してることも、ほぼほぼ、言ってみれば患者さんが先生なんです。ご家族と患者さんが先生で、その方たちから学んだことを共有できてるのかなと思います。

あとは、若い学生の皆さんもそうですし、30代、40代、その上の方も皆さん多分、口を揃えて言うと思うのが、「幸せになりたい」って。よく伺うんですよね。でも、多分ですけれど、幸せは目的ではないような気がしていて、むしろそれを目的にしてしまうと、何を求めていたのかわからなくなるというか。

なので、(病気などによって)急に人生観とかいうか、生き方というのを変えられてしまった人たちの前に(音楽療法士として)いるときに、その方たちが自分自身をどうやって受け入れられるだろうか、その支援ができるだろうかというところに寄り添って。当然、怒鳴られることもありますし、物を投げられることもありますし、泣いてる人もいますし。

川添 はい。

北脇 なので、何か楽しいということだけではなくて、本当に喜怒哀楽と一緒にいるというか。そういう方たちが自分の中に意味とか価値とかも見いだしていけるというか。おそらくその結果に、「あ、実はこれって幸せだったんじゃない」としてあるのが、多分幸せなんだろうな、だから大きくても小さくてもいいんじゃないかなと思うんですよ。

なので前回、お話しさせていただいた、「(過去の)いろいろなことを振り返っていたけど、よく考えたら、毎週なにか更新してる、生きている」とおっしゃった方は、確かに範囲としてはすごく小さいんですけれど、幸せを見つけられたのかな、感じることができたんだろうなって思えたら、またそこも自分にとって勉強になったというか。学ばせてもらえているなって、いつも感謝です。

川添 はい。ありがとうございます。今回、最終回で最後なので、この番組を聴いてくださっているリスナーの皆さんに、先生からお伝えいただける一言があれば、最後にぜひお願いしたいと思うんですけれども、いいですか。

北脇 はい。これは自分自身が昔、先生からも伺いましたし、よくいろいろなところで音楽療法界では引用されるんですけれど。童話作家のアンデルセンがおっしゃっている言葉で、「言葉にならないとき、音楽が語る」。

本当にそれをうまく利用させていただいてるというか、応用させていただいてるというか。人間と人間の関わり合いの中で、それをちゃんと知っていれば、きっとその音楽が機能を果たしてくれて、橋渡し役というか、担ってくれる。それを、われわれも信じていますし、クライアントの対象者の方も、それを信じてくれた瞬間に、多分何かがグッとダイナミクスとして動き始めるのかなという気はします。ですので、みなさん無理をせずといいますか、本当にありのままで、自分自身に戻っていくプロセスに今いるんだなと、皆さん気づいていただけるのが一番いいのかなというふうには思ってます。

川添 ありがとうございます。とても温かい言葉で、本当に励みになるようなメッセージをいただけたので、すごくうれしく思います。4回にわたって北脇先生にお話をお伺いしてきました。ありがとうございました。

北脇 ありがとうございます。