#1 なぜ、年を重ねても幸福度はアップする?【日下 菜穂子】
あなたにとって、人生で一番良い時期は? 同じ質問をシニア世代にすると「今」と答える人が多いそう。それにはちゃんと理由があります。その意外な現象を、ナビゲーターが日下先生に深堀りしました。また今から使える、日々の生活で幸福感をキャッチするためのコツも教えていただきました。
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川添 日下先生、よろしくお願いいたします。
日下 はい。よろしくお願いします。同志社女子大学の日下です。
川添 よろしくお願いいたします。
では早速なんですが、年齢を重ねるということについて、私たちは結構、ネガティブに捉えがちな部分があります。ただ、心や内面に目を向けると、そんなことはないというふうにも聞きます。
先生のご専門の発達心理学、臨床心理学の視点から、このあたりの解説をお聞きできたらと思うのですが。
日下 年齢を重ねるというのはどういうことか、ですよね。川添さん自身は、年齢を重ねることを、どんなふうに思ってますか。
川添 例えばですけど、ちょっと体力的にしんどくなってきたなという実感だったり。あとはやはり、暗いとまではいかないですが、ネガティブ。あまりいいようには捉えられない部分は、正直あるかなというところですかね。
日下 私も女子大に勤めていて、教えている学生さんたちは20代の女性がほとんどですが、誕生日が来ると、「おめでとう」って言うでしょ。そうしたらみんな、「歳とっちゃった」と言って、何か悲しそうなんですよ。いや、まだ20代じゃない、と。「それを言ったら、私どうなるの?」とよく言ってるんですけど。だからといって、誕生日を迎えてそんなに不幸なわけではないし、頭の中でなんとなく、歳をとることが、ちょっとよくないことっていうのが刷り込みみたいになっている。歳が1つ増えましたって、子どものときは言うけれど、20歳を過ぎてくると「また歳とっちゃったのよ」というのが、もう決まり文句のように出てくるという…。
じゃあ、21歳が22歳になったから、20代が30代になったからといって、不幸になるんですか? って。(ナビゲーターの川添に)30代になって、20代と比べて不幸ですかと聞かれたら、どうですか。
川添 明確に不幸になってきたという感覚は、全くないですね。
日下 ですよね。私は臨床心理学でも高齢者が対象なので、普段は高齢者の方とよく一緒にいろんなことをしてるんですけど、80歳や90歳の方に、「人生の中でいつが一番いいですか?」とお聞きすると、人それぞれなんですけど、ほとんどの方は「今がいい」とか「今いいと思っている」と、よくおっしゃるんですね。
(世界的な調査で)幸福感調査があるのですが、「幸福ですか?」と同じような質問で、先進国を主にいろんな世代の方に聞いていくと、幸福感は年齢とともに下がるものではないということが、わかってきたんです。
川添 そうなんですか。
日下 あまり年齢と関係してない、ということがわかっていて、何と関係してるのか、それはまだ、ちょっとこの後の話なんですけど。
川添 ぜひお聞きしたいです。
日下 年齢が幸福感を脅かす因子ではないということが言われていて。でも、最初に川添さんがおっしゃったみたいに、“歳をとると失っていくものがある”っていうイメージがあります。
そんなイメージに反比例して、幸福感が下がらない、むしろちょっと歳をとると幸福感が少し上がっていくような傾向もあるんですね。
川添 なんだか不思議な感じがします。
日下 そうでしょう(笑)。そんなちょっと反比例してる状態を「エイジングパラドックス」っていう言い方をするんです。
川添 エイジングパラドックス。
日下 「エイジングパラドックス」って、そういう逆転現象みたいなものをいうんですね。歳をとると意外と幸福感が満ちてきたり、あとはなんとなく充実感が高まったり。割と皆さん、豊かな気持ちで暮らしてる方が多いんです。
川添 そうですか。どうしてなんでしょうか、知りたいです。
日下 私が高齢者研究を始めたのは、そのあたりに理由があって。周りにいる高齢者の方々って、パッと見た感じはやっぱり若いときより衰えているし、足腰も不自由で、行きたいところにもスッと行けない。だけれど、みんな幸せそうなんですよ。
“どうしたら、人って、こんな状況の中でも幸せでいられるんだろう”というのを、なんとなく10代のときに思って(笑)。その秘密がわかればどんなときでも、多分、人は幸せになれるんじゃないかなって思って、それで高齢者研究やってるんです。
その(新しい自分や未来と出会う)状態を「ワインダフル・エイジング」と呼んでいます。そして、(先ほどから登場する)「エイジングパラドックス」を説明する理論というのが、心理学の中では結構たくさんあって。代表的なものが3つあるんですけど、1番、2番、3番どれがいいですか。
川添 選べるんですか? では真ん中の2番で。
日下 2番ですね。それはいいですよ(2人笑)。
2番はね、「SOC」っていう理論なんですよ。これね、ラジオで説明すると難しくて、本当はホワイトボードとかに書きたいところなんですけど、SOCモデルというのは…ゆっくり言いますね。
川添 はい、お願いします。
日下 (ゆっくりと)SOCは「選択的最適化理論」っていうんです。これ、テストに出しますからね(笑)
川添 選択的最適化理論、ですね。
日下 はい、OKです。この「選択的最適化理論」が何かというと、ドイツの心理学者のバルテスさんという、生涯発達心理学の提唱者の人が言った理論です。歳をとるとできなくなる(ことも多い)けれど、アーティストとして成功してる人って結構いますよね。思いつく人います?
川添 そうですね……(思案する)。
日下 スポーツ選手、いま、オリンピックをやってますが(※)、例えばフィギュアスケートは10代のときに(ジャンプなどで)クルクルと回って、20代真ん中を過ぎたら引退みたいになるじゃないですか、その若いときにうまくできてたことが、同じやり方で歳をとってできなくなったら、不幸になりそうに思うでしょ。
※本番組は2022年3月収録
川添 そうですね。何かちょっと気分が落ち込む、とかありますね。
日下 でも、やり方をうまく工夫してできるようにすると、できたって思えるのが、幸福の秘訣でSOCモデルです。例えば川添さんは、ピアノは好きですか?
川添 好きです。
日下 フジコ・ヘミングさんって知ってます?
川添 はい、わかります。
日下 (リストの)「ラ・カンパネラ」ね。
川添 「奇跡のピアニスト」と言われる。
日下 あの方ね、このSOCモデル説明するのにぴったりなんです。「SOC」のSは目的を下げる選択、自分に合った目的に調整する選択で、セレクションのSなんです。
川添 セレクションのSですね。
日下 若いときは難曲を弾いたりしてたんですね。難しい曲を、スピードを上げて弾いているような状態で、コンサートではその難しい曲を弾きましょうと言うんですね。でもフジコ・ヘミングさんは、自分が歳をとってからそんなたくさんの曲を一気に速く弾けないから、「ラ・カンパネラ」という自分の中で大好きな曲を、1曲選ぶんです。まず自分に合った目的に調整する、目的を選び直すことをしてる。まず、そのセレクション。
次に若いときって、コンクールに出たら何曲も何曲も弾かないといけない。
川添 そうですね。
日下 だけど、フジコ・ヘミングさんは1曲に絞ったんです。
川添 自分で、ですか。
日下 そう自分で。そうすると1曲だけ集中して弾けるから、練習がすごくできるんです。
川添 そうですね。
日下 難易度が自分に合っていて、1曲だけ集中的に練習できる。うまく目的を下げて、ちょっと狭めてできるように、自分が持っている資源をうまく活用して、自分の能力を効率よく回すという意味で、資源の最適化。SOCの「O」がOptimization(最適化)。ちょっと難しいですよね。
「C」が自分自身への補償なんだけど、スピードを速くしたり遅くしたりというのを調節する。本当は(「ラ・カンパネラ」は)ダーッて弾くんだけど、ちょっとスピードを緩めてあげる、そうしたら、ちょっと急いだときに速く聴こえるんです。絶対それはそうですよね。(スピードを緩急つけることが)SOCでの補償でCompensationの「C」。ちょっと難しいですよね。それでSOC理論。(その手法によって)フジコ・ヘミングさんが弾く「ラ・カンパネラ」というのはすごく味わいが深くって、心を打ちますよね。
川添 そうですよね。
日下 一般的に、教科書的なものをザッとできるっていうのは、若いときの特権なんですよ。だから歳をとってきたら自分流のやり方で、自分に合わせてすごく工夫をして、心をこめて弾くから、その人の人間性も出てきて素晴らしいものを弾ける。実際彼女は、若いときよりも歳をとってからの方がすごく認められてるし、多分、今の方が幸せですよね
川添 そうですね。もうそのフジコさんらしさというのが、すごく(世間に)受け入れられているような感じですもんね。なるほど。
日下 そういう自分らしさみたいなものを追求していけると、人ってすごく満足できるし、そのことが誰かに喜んでもらえると、喜びが返ってきて幸せだなって思えます。そういう意味では、(加齢で)できなくなったことによって、人は工夫するんですよね。その工夫は一見苦労に見えるんだけれど、工夫を超えた先にすごく喜びがあったり、(ほかの)人を満たすような何か優しさにあふれたりということがあって。そういう目に見えない良さみたいなものが、歳をとるにつれて困難とセットでやってくるみたいなところがあります。その辺の醍醐味というのはね、歳とってみないとわからないところがあるから、皆さんもぜひ、高齢者の方とお話しをしてみたら、そういう世界が見られるんじゃないかと思います。
川添 今のフジコ・ヘミングさんのお話で、すごくイメージがつかめました。
きっとご本人もご自身の今の実力などを自分で受け入れられて、自分を肯定されての上だからこそ、できておられるのかなと今、感じたんですけれど。
日下 そこ、いいポイントですね。まず自分を受け入れるっていうことですが、そこに至るまで大変だったと思います。彼女はコンクールなどに出ることをめざしていたわけだから、できなくなったことに対して、人はすごく悲しむんだけど、その悲しむときって、きっとね、“うまくやりたい”ってすごく強く思ってるから、悲しみが大きいんですよ。けれど、その悲しみに負けない人というのは、こんなふうに生きたいとか、このピアノを弾いてみんなに喜んでもらいたいっていうところを強く思い、何とか越えようとするので、そうするとさっきみたいな工夫が出てきて、その工夫が人の心を打つんですよね。自分を満たしたりとかね。
川添 そうやって皆さんに受け入れてもらえたことが自分自身に返ってきて、それがまた喜びに変わって、そういう循環みたいに思いました。
日下 そんなに歳をとることが、怖くなくなってきたでしょ(笑)
川添 そうですね。どうしたら今の自分自身を肯定して、幸福感を得ていけるのかなって。今のお話を聞きながら、なんとなくイメージはわかったんですけれど、そういう幸福感をもって生きるためのヒントみたいなものを、最後お聞きできたらなと思います。いかがですか。
日下 そうですね。今のことで言うと、もうとにかく一生懸命やることかなって思うんですね。何かいろいろあるんだけれど、今ある環境の中でどうすればうまくいくのかなぁ、っていうのを考えながら、一生懸命やっていく。諦めずにうまくやる方法を少し探してみる、ということでしょうか。
だから何か大きく環境を変えたりとかしなくても、今の中でできることを探していくことにフォーカスするといいんじゃないかと思うんです。そのときに“自分が駄目だ”と思っちゃうと前に進めないので、どうやったらいいか、ちょっとだけ先を見てやり方を工夫する。それが第一です。
あと2つあって。そのときに1人で頑張らないっていうのがポイントで、(番組の)2回目、3回目以降のテーマになってくると思うんだけれど、やり方を工夫するときに、自分だけが頑張る(というのは違います)。
フジコ・ヘミングさんも、ピアノを弾くときにいろんな人に相談したり、聴いてもらったり、猫ちゃんに癒やされながらやってたんですね。そういう何かをうまくやろうとするときに、周りの人と関わりながらやっていくっていうこと(が2つめ)。
3つめがそういう方々(=周囲の人)に対して、自分がどんなふうになりたいのか。ピアノを弾きたいんです、演奏会をして聴いてもらいたいんですと言い、できたことを一緒に喜んで、「ありがとう」と感謝を表現する場があると、すごくいいと思います。
川添 なるほど、よくわかりました。ありがとうございます。
今日は「ワンダフル・エイジング」をテーマに、「年齢を重ねて幸福感がアップしていくのはなぜか」というところにフォーカスして、お話を伺ってきました。
次回は「人生を豊かにする生きがいづくり」で、お話を伺っていきたいと思います。
それでは先生、どうもありがとうございました。次回もまたよろしくお願いいいたします。
日下 よろしくお願いします。ありがとうございます。